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第1話

 少年は目を覚ました。見慣れた天井が眼前に広がっていた。病院の天井も自室の天井も、もうどちらも見慣れてしまっていた。
 昨夜眠る前に少年は、次に目が覚めた時には病院にいるだろうと思っていたのだが、案に相違して後者の天井だったが、慌てたり取り乱したりはしなかった。病院で一度目覚めた際にも、安定剤を投与されたあとに目が覚めた時にも同じ病院だった前例があったからだ。どうやら、意識が失われることが、こちらとあちらの記憶が揺らぐことの引鉄(トリガー)になるのではないらしい。
 ベッドから起き上がり、冷静に少年が時間を確認すると、六時三〇分だった。
 カーテンを開け放ち、太陽の光を浴びた。清々しい朝の日差しだったが、少年の心は、今日の空のようには晴れ渡ってはおらず、曇り空のように暗く沈んでいた。少年には、もうどちらが現実でどちらが夢なのか、わからなくなっていた。
 昨晩、ある仮説に拠ってここ数日に起こった事象について一応の結論を下していたが、絶対的な自信はなかった。もしかしたら、そうなのかもしれないというあやふやなものでしかない。それでも、家族を失わないで済むのであれば、やってみる価値はあるはずだ。心の中で深く頷いた少年は、学校へ行くために制服に着替えた。
 いつもと同じように妹が部屋のドアをノックしたようだ。少年は返事をすることもなくドアを開けた。妹がびっくりした様子で兄を見ていた。
 お兄ちゃん、最近おかしくない、そう不安気に問いかける妹に少年は、いつもと異なった冷めた表情で、大丈夫、もうすぐ終わるからと答えた。なにが終わるのかを尋ねる妹に少年は、なにも心配はいらないから、そう答えて一階へ下りて行った。
 朝食を食べている際に父が少年に尋ねてきた。今年のお盆休みに帰省するつもりでいるが、なにか予定はあるのか、と。少年は感情を押し殺した口調で、今年は帰省を取りやめて家でゆっくりしたらと提案した。昨年お前は実家に行っていないので、祖母も楽しみにしているだろうからと説得する父に少年は、頑として首を縦には振らなかった。一歩譲って旅行自体に反対するつもりはないが、たまにはいつもと違う場所にしたらどうかと更に提案したものの、年に一度くらいは年老いた祖母に会いたいという父の気持ちはわかるが、どうしても少年は、止めたほうがいいと頑なに言い続けた。
 妹と母は顔を見合わせて首を傾げている。父は明らかに困惑していた。少年の言動にも口調にも、いつになく犯し難い雰囲気があったからなのかもしれない。
 少年は食事を終えると話を一方的に打ち切って、洗面所で歯を磨いて学校へ向かった。

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