常識の擦り合わせ
「それでつまり、どういうことだ?」
食事を済ませ、店から出た後、私はついルーイを問い詰めてしまった。
「で、ですから……」
「その言葉遣いはもうよい! 結局意味がわからない」
「それなら、そう言ってくれよ。言葉遣いなんて気にしたこともねぇし、何言ってるか自分でもわかんねぇし」
「最初から直して欲しいなどと言っておらぬ」
「そうだった……。っは。はははっ。あははははっ」
「……っく。くくっ」
あまりにもルーイが楽しそうに笑うから、思わずつられてしまう。何が楽しいのか訳もわからず、二人でひとしきり笑った。このように思いきり笑ったのは、一体いつ以来だろうか。私を包んでいた鎧がまた少し剥がれ落ちる。
「ア、アイシュタルトって変わってる。そう言われねぇ?」
笑いすぎたのか目に涙を浮かべながら、ルーイが私にそう聞いた。
「変わってるなどと、言われたことはない。それに……」
「あー! ちょっと待って! もう、昼過ぎだよな? 今日の宿どうする? この街で泊まるなら良いけど、別の所に行きたいならそろそろ出発しておかないと、一番近い街でも間に合わない」
服装を整えて、ルーイと知り合って、食事をとって、この街の規模を思えばわざわざ一泊する必要もなさそうだ。次の街に足を進めながら、話をすれば良いだろう。
「うむ。次へ行こう。どの街でも構わぬ。が、都にだけはまだ近寄りたくないな」
「いいよ! 次ね。小さいけど森を抜けたところにあるんだ。そこで一泊しよう」
「森……私は逃げぬぞ?」
「わかってるよ! 側にいて守られておくよ。だけどなぁ。あまりに強そうな獣と出会ったときは、逃げるのも手だと思うんだよなぁ。そういうこともあるって覚えておけよ」
「わかった。仕方ない」
私は渋々頷いた。敵前逃亡など、騎士の恥ではあるが、もう騎士ではなくなったのだ。命にかえて誰かを護ることなど、もう二度とない。私の鎧がまた一つ剥がれ落ちた気がした。
私たちは街を出て、ルーイの案内で次の街へ向かうことにした。
街を出てすぐに話を続きを促すことにした。もし、私がカミュートの常識から外れているのであれば、早めに慣れておかねば、不都合が生じるだろう。
「さぁ、先ほどの話の続きだ」
「続き? 何のこと?」
「どこで食事をとるかという話だ」
「あぁ。アイシュタルトはさ、シャーノにいた時って街で食事したことある?」
「食事? あるに決まって……ん? ない、か? ないな。何故だ?」
「何故かは知らねぇけど、俺も、城の関係者が街で食事してるのなんか見たことねぇよ。遠征か何かでその街を通ることがあっても、街の食堂でなんて食事しねぇだろ?」
「料理人が付いてるからな。必要ない」
「そうなんだよ。城にお勤めの方々は、庶民の食べ物なんて食べられないだろう?」
「ん? そのようなつもりは……」
「庶民の感情ってそんなもんだよ」
そんなつもりなどあるわけがない。街の食堂で食事をしないのは、私たちが大勢で押しかければ、迷惑をかけるだろうという配慮の上だ。
「だから、アイシュタルトが騎士だったって聞いて、かなり驚いた。食えるんだ! ってね」
「それでは……」
「そう。悪いんじゃなくて、良すぎるんだよ。こっちが困るぐらいには」
「ルーイは困ってないではないか」
「困ってるように見えないか?」
「見えぬ」
「まぁ、普通に食ってるの見ちゃったし。でもさ、普通身構えるから、黙っておいた方がいいぜ。話し言葉は仕方ないとしても、堂々と騎士って言っちゃうのはさぁ」
「門番として、雇われたことがある。とでもしておこう」
「それがいい! でも、平民から雇うことなんてあるのか?」
「人手が足りなければな。ないこともない」
「シャーノがやるなら、カミュートでもやってるだろうし、そうしておこうぜ。何かあったら俺が守ってやるから。得意なんだぜ、そういうの」
「逃げ足だけじゃないのか?」
「人から逃げるのも得意だ」
ルーイがそう言って、青い目の奥に企みをたたえてニヤリと笑った。