遺書
「また『疲れた…もうイヤだ…』ですか。これで何件目ですか」
「うちの管轄だけでも、もう六件だ」
若い後輩刑事のつぶやきに、白髪の先輩刑事が調書を書きながら答える。
「携帯などに残された遺書っぽいメッセージ、みんな同じ文面で六件も、いくらなんでも、ただの偶然でも多すぎですよね」
「まぁな、で、今朝の飛び込みの目撃者の調書はどうなった」
「終わりました。山岡さんのパソコンにも送ってあります。でも、目撃者の話だと、見えない何かに引っ張られるようにホームから落ちたって証言が多くて」
「そうか。あ、この前の女子高生の大学ノートに走り書きされた例のメッセージ、やっぱり、筆跡鑑定で別人が書いたものだって結果が出た。で、特に怪しい指紋も出てないと」
「うわ、いよいよ、他殺の線で捜査ですか」
「こう続いたら、そうなるだろうな」
「あ、すいません。俺、時間なんで先に上がります」
「大変だな、新婚も」
「じゃ、山岡さんも無理せず、お先に失礼します」
「おぅ、また、明日な」
彼は帰りの駅のホームで、スマホで自分の担当している連続自殺事件のことを検索
していた。どこから情報が洩れるのか、『疲れた…もうイヤだ…』と同じメッセージを残して自殺する人が多いとネットで話題になっていた。
色々な仮説が上がっていたが、どれも妄想の範疇だった。
「ん、スマホが勝手に」
ネットの記事を読んでいただけなのに勝手にメールが開き文字入力画面に。
『疲れた…もうイヤだ…』と手も触れていないのに書き込まれ、次の瞬間、どんと体がホーム下に突き飛ばされて、電車の急ブレーキの悲鳴を間近に聞いたときにはもう手遅れだった。