国を捨てた理由
「ふーん。なんかよくわかんないけど、大変なんだな」
「私にはそうしなければならない理由がある。それだけだ。だから、案内を頼みたい」
「やだよ。なんで俺が」
「銅貨一枚で買われただろう。そうでなければ役人のところへ連れて行く。さっきの女性に話をして貰えば良い。私の頼みなら聞いてくれそうだ」
「嫌な性格」
「そうでなければ、生きていけなかっただけだ」
こんな考えを全て隠して腹の中に押さえ込んで、笑顔を作り上げてこなければ、生きていけなかった。笑顔を貼り付けなくて良いだけ、今の方が幾分生きやすい。
「へぇー。それで? 道案内して、それだけ? 報酬は?」
「案内してくれている間中、宿と食い物は面倒みてやる。それでどうだ?」
果物一個を食い逃げするぐらいである、食い物に釣られてくれるだろうことは想像がついた。それに加え、宿だ。話に乗らぬことはないだろう。
「悪くない」
「それでは」
私はその男の前に再び手を出した。男はまた捻りあげられるのではと警戒したのか、渋々手を出す。
「もうやらぬ」
そう言って、男の手を握った。
「なぁ、なんでカミュートの案内なんかいるんだ?」
「カミュート国のことを何も知らぬからな」
「何で?」
「私はシャーノ国の出身だ。お前も隣国のことなど、ほとんど知らぬだろう?」
「あぁ。知らないけど……」
「だから、案内を頼んだ」
「ふーん」
男は私が訳ありだと気づいた様だった。頭の回転はそれほど悪くはないようだ。
カミュート国とシャーノ国、そして姫が嫁いだコーゼ国、この三国間を自由に行き来できるのは旅商人だけだ。それ以外は王の許可が必要である。実質不可能ということだ。
それでもなお、この男に正体を隠す必要を感じていなかった。この男に私を捕らえることなどできないと思ってもいたし、一緒に行動するのであれば、そのうちにバレることだ。隠し通すなど無茶だ。
「私の名はアイシュタルト。お前は?」
「ルーイ」
「それでは、ルーイ。まずは」
「腹ごしらえだ」
ルーイが私の言葉に被せる様にそう言った。たしかに、昼食の時間もとうに過ぎた。一度食事を取っておくのも良いだろう。
「仕方ないな」
私とルーイは肩を並べて歩きはじめた。
「アイシュタルトは、何でカミュートに来たんだ?」
「国を捨てたからだ」
歩きはじめてすぐにルーイは気になったであろう、私の『訳』を話題にする。
「ま、まぁそうだろうけど、何で?」
「捨てた理由か?」
「そう!」
「捨てなければ、やりたくないことをやらされそうだったからな」
「それだけ?」
「十分だろ?」
私にとってはそれ以上ない理由だ。姫以外をお護りすることはない。姫に誓った忠誠は、解任されたとて覆るものではない。あれは、一生の誓いだ。
「ア、アイシュタルトがどういう立場の人かわからないけど、どうせ城の関係者だろ? 命令じゃねぇの?」
「うむ。王のな」
「我慢しないの?」
「できぬ。ここまでいくつもの我慢を強いられた。だが、あの命令だけは我慢できぬ」
「へ、へぇ」
私がグッと拳を握り込んだのを見て、ルーイがビクつく。私の中で渦巻いていた殺気が漏れた。周りが私たち二人を遠巻きに見ているのがわかる。あぁ。いけない。この街の人を怖がらせる必要はない。