カミュート国へ
一介の騎士をわざわざ追いかけてくるような追手はいない。旅商人の護衛という立場はいとも簡単に門を通ることができた。
そして私はカミュート国へ続く最後の門を通過する。これで、本当に祖国へは戻れないのだと、門を潜る瞬間に、ほんの少し後ろ髪を引かれた。
だが、王子の護衛の打診を引き受けなければ私の立場はどうなっていたかわからない。処罰されても仕方のない行為である。
「さぁ。カミュートに着いたぞ」
「あぁ。助かった。無理言って、悪かったな。それでは、約束のものだ」
「お、おぉ。ありがとう」
「それでは、私はこちらへ向かう」
「そ、そっちは都じゃないぞ?」
「知ってるさ。都へ行くのはまだ先だ。まずはこの格好を整えてからだ」
「それもそうか。ひどい格好だもんな」
「それでは」
私はカミュート国へ入ったすぐの別れ道で旅商人と別れた。まだ都へは行けない。見るだけで弱いと言われるような格好をなんとかしないと。兵士としての働き口も見つからないだろう。
間もなくコーゼ国と争いになるのでは?と旅商人に噂されているわりには国内は落ち着いていた。
旅商人達の思い過ごしではないのだろうか。敵国が攻め込んでこようかという時に、これほどまでに国内が落ち着いているというのは。
国境門からほど近い街にたどり着いた私は急いで服装を整えた。そう、傭兵らしく。騎士として十年もの月日を過ごしていた私の私物は、鎧を纏うことのできる服装ばかりであった。鎧の下はそれが食い込まない程度の薄着である。
傭兵はそうではない。鎧の支給などない。自ら装備を整え、戦場へ赴くのだ。森の木々で傷がつくようなものでは、その身を守ることなどできるはずもない。
商人が私を弱いと判断したのはそのような理由からであろう。護衛とは口ばかりで、その実力もないと思われていたのかもしれぬ。
ふっ。甘く見られたものだ。成人する前から騎士団へ所属し、姫の護衛と訓練に明け暮れた私は、騎士団の中でも認められた強さであったのに。
街の中はそれは活気があった。人々が生き生きとしている。行き交う人たちが気軽に声を掛け合っているところを見ると、小さい街ならではのことだと、ほほえましく思う。カミュート国王が良いのか、この辺りを治める領主が良いのか、どちらにせよシャーノ国よりも発展していそうだ。
「その男! 捕まえて!」
突然私の後ろから大きな声が飛んできた。その声に振り返ると、鮮やかな茶色の髪の男が一人、走ってくるのが見えた。
捕まえる?こいつをか?そう言われて思わず腰に下げた剣に手を伸ばしてしまう。いや、ここで人を斬るのは失策だ。慌てて剣から手を離し、走り込んでくる男を体で受け止めようと構えた。
「どけぇ!」
その男の手には小さいナイフが握られていた。せっかく買ったばかりの服を切られてはたまらない。その男が近寄ってくるのを見ながら、少しだけ道を開ける。
男の目には私がナイフに驚いて、道を開けたように見えたのだろう。ニヤっと薄ら笑いを浮かべながら、私の横を通り抜けようとした。