旅商人の護衛
城を出てから、私は真っ直ぐにカミュート国を目指した。城の周辺にいる間は森の中を息を潜めて動く。だが、それも数日の話だ。城下町を抜け、次の街へとたどり着く頃には、森から街道へと降りてきていた。
徒歩での旅だ。まともな道を歩いていても何日かかるかわからない。森の中であればその苦労は図り知れない。それならば、せめて整備された道を歩いて行くべきだろう。
カミュート国とシャーノ国の間にはいくつかの門が建っている。当然門番と役人が付いており、その門を通るには通行証が必要である。なんとか通行証を手に入れなければ、門を通ることができない。城から出た私にとって、次の難関はそれだ。
私は門へと続く街道沿いを歩きながら、同様にカミュート国を目指す若い旅商人に目星をつけた。
「私を護衛として雇ってはくれぬだろうか?」
「護衛? そんなものは必要ないよ」
これまで一人で旅をしている商人が今更護衛を雇うことはない。そんなことは承知の上だ。
「私はカミュート国へ行きたいのだ。そのために護衛として、一緒に門を通して欲しい」
「そんなこと言われたって、護衛を雇うような無駄な金は持っていない」
「わかっている。無事にカミュート国へ入国できたら、金貨を一枚を払う。それでどうだ?」
「金貨……一枚? それっぽっちじゃあ、こんな危ない橋は渡れねぇよ」
危ない? カミュート国との国交は友好である。今はそれほど危なくないはずだ。反対隣のコーゼ国との間の方が緊迫しているのが、今のシャーノ国の状況だろう。
「そうか。では、別の者に話をもっていく。手間をとらせたな」
私はそう言ってその場を立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待った。わかったよ。護衛として連れていくよ。それで良いだろう?」
「あぁ。無事にカミュート国に着いたら金貨一枚。間違いなく渡そう」
これでいい。商人達の持つ通行証があれば、国境も無事に通過できる。
城にいる時に貰っていた賃金はほとんど残ったままである。妻子もなく、城内で生活する私が使う場所などほとんどなかった。シャーノ国から亡命するのに、どれだけの金がかかるかわからない。ただ、全てを費やしてでも、国から出ようと決めていた。
「カミュートに行きたいだなんて珍しいね。今はシャーノの方が平和だろう?」
「そうなのか?」
「なんだ。知らないのか。カミュートはそろそろコーゼとぶつかるかもしれない。俺も次の仕事が終わったらしばらくはシャーノにいるつもりだ」
「そしたら、仕事にはあぶれずに済むな」
戦いともなれば、私一人の食いぶちを稼ぐぐらいなんのことはないだろう。これでも、騎士として戦い方は嫌というほど学んできた。剣を振い、盾を構え、馬に乗り、作戦通りに動く。その全てが騎士としての基本だ。
シャーノ国とカミュート国、そして姫が嫁いだコーゼ国はそれぞれ隣り合わせに接しているが、コーゼ国はそのどちらとも緊迫した状況だというのか。まさかコーゼ国がそのような状況だとは。姫はご無事であろうか。王子に嫁いだ姫が戦いの場に巻き込まれることはほとんどないであろう。それでも、戦争ともなれば何があるかわからない。
「本当に護衛やれるぐらいに強いならね」
「な! 私が弱そうに見えるか?」
「うーん。強そうには見えないな。どこを通ってきたのか知らないが、服も傷だらけじゃないか」
森を抜けるのに木々を切り倒しはしなかった。人間が通った跡を少しでも残さずに進んでくるしかなかったのだ。その苦労が今度は自分を弱く見せることになるとは、どの旅商人も話を適当にあしらっていた理由はそれか。
「それは、まぁ、色々な事情があってだな」
「どうだか。ま、どちらにしろカミュートに着けば金貨は貰えるんだろう? それならば、あんたの強さなど、どうだって良いよ」