第27話 二つの保護団体
ムナール達が表立って行動出来ない、裏の精霊憑き保護団体であるのなら、ヴァルター達は堂々と行動する事の出来る、表の精霊憑き保護団体と言えるだろう。
同じ精霊憑き保護団体ではあるが、その活動内容は全く違う。
ムナール達は、その精霊憑きが周囲の人達に精霊憑きだとバレないように配慮した上で、一般の人達と同じように生活させる事
を目的とする団体だ。
忌み嫌われる精霊憑きを、他の人達に紛れ込ませて生活させるのだ。
当然、普通の人からは非難されるし、表立って行動は出来ない。
そのため、その組織の存在自体も公にはされていないし、活動している人数自体も少ない。
それに対して、ヴァルター達『白衣の天使』と呼ばれる保護団体の目的は、精霊憑きを捕え、北の監獄と呼ばれる無人島に精霊憑きを島流しにする事を目的としている。
精霊憑きは人間だ。当然、いつかは死ぬ。
では、その精霊憑きが死ねばどうなるのか。
答え簡単だ。その人間に憑いていた精霊は次の宿り主を探して、また別の人間に憑く。その繰り返しなのだ。
だから災厄を呼ぶからと言って、精霊憑きを殺しても意味はない。また別の精霊憑きが誕生するだけなのだから。
殺しても殺しても、精霊憑きは新たに誕生し続ける。だから他の地に住む人間にとって精霊憑きを殺すという行為は、次は自分の地域に災厄が呼ばれるかもしれないという可能性を生み出す、はた迷惑な行為なのである。
生きていても殺されても迷惑な精霊憑き達を、どうするのが正解なのか。
それを考えた結果出された答えが、精霊憑き達を無人島に島流しにする、という実刑である。
そしてそれを実行するのが、白衣の天使と呼ばれる保護団体なのだ。
彼らは精霊憑き発見の通報があればそこへ赴き、対象の精霊憑きを保護し(逮捕とも言う)、北の監獄と呼ばれる無人島に精霊憑きを島流しにする。
当然、島流しにされた彼らの面倒を見てくれる人など誰もいない。後は勝手に生きて、勝手に死ぬだけ。でも死んだら迷惑なので、生きているか死んでいるかの確認は、定期的に実施されている。
精霊憑きにとっては罪人に等しい扱いだが、一般市民にとっては、これ以上の最善案はあるまい。
だって自分達に災厄が降り注ぐ事も、新な精霊憑きが誕生する事もないのだから。これが一番良い方法に決まっている。
だからこそ、自分達を災厄から守ってくれる保護団体を、彼らは敬意を込めて『白衣の天使』と呼んでいるのである。
しかし、実はこっちの保護団体の方も、ムナール達の保護団体同様、上手くいかない事の方が多い。
本来であれば、精霊憑きを見付けたら保護団体に通報するのが一番良いハズなのだが、実際にそれをする人間は少ない。
何故なら、通報する前に街から追い出すか、殺すかする人間の方が多いからだ。
だって通報している間に街のどこかに隠れられたら嫌だし、保護される前に災厄が降り注いだら困るじゃないか。
誰しも自分の身が一番可愛いのだ。そんな、他の人に迷惑が掛かるから、手間は掛かるが捕まえて通報しよう、なんて考えるわけがない。
次に精霊憑きが現れる街の人の事など知ったこっちゃない。自分と自分の大切な人さえ無事ならそれで良いのだから、周りの人達と協力して追い出すか殺すかしよう、と考える人の方が圧倒的に多いのである(ただし、追い出すか殺した後に通報する人達も圧倒的に多い)。
さて、話は前話に戻るが、『白衣の天使』もとい、『白衣の処刑人』が纏う白い隊服と、光をモチーフにした紋章にリプカとムナールが怯え固まったのは、リプカが精霊憑きだとバレたら最後、北の監獄に島流しにされてしまうからである。
だと言うのに……、
「何で白衣の処刑人に、救援を依頼したんだよ?」
あれから数時間後。
島の僅かな生き残りを救出し、港に停泊している救助船に島民を誘導し終えたリプカとムナールは、白衣の処刑人、もとい、保護団体が出港準備をしている間、船の第一会議室と書かれた部屋にて、アトフと情報交換をしていた。
アトフはムナールと同じく、表立って行動出来ない方の精霊憑き保護団体の一員だ。当然、リプカが炎の精霊憑きである事を知っている。
それなのに。
何故、白衣の処刑人なんかと一緒に行動を共にしているのか。
リプカが精霊憑きだとバレたら、どう責任を取るつもりなのだろうか。
「こっちはこっちで事情があるんだよ」
「はあ? 事情? 何だよ、事情って」
「……」
今にも噛み付いて来そうな勢いで睨み付けて来るムナールに、アトフは溜め息を吐く。
そうしてから、アトフはポツポツとその事情とやらを口にした。
「二年前のエアストリアで起きた事件を覚えているだろ?」
「エアストリア?」
「どこ、そこ?」
「え、まさかの覚えてない!?」
不思議そうに首を傾げる二人に、アトフはギョッと目を見開く。
知っている前提で話を進めようと思っていたのに、まさか覚えていないだなんて……。
え、嘘だろ?
「何で覚えてないんだよ! 精霊憑きが呼んだ災厄だって巷を騒がせたじゃねぇか! 精霊憑きの話だぞ!? お前ら、精霊憑きとその保護団体だろ!? 何で覚えてねぇんだよ!」
「えー、だって、オールランドって精霊憑きの話は敬遠されがちなんだもの。だから本州では騒ぎになっていたかもしれないけど、こっちでは報道されなかったか、みんなが口を閉ざして話が広まらなかったかのどっちかじゃない?」
「だとしても! だとしても、ミモザからカンパニュラにその連絡は行ってるハズだろ! ミモザのリーダーがそっちに連絡してたの、オレ知ってるぞ。それなのに何でお前ら知らねぇんだよ!」
「二年前? それって例の誘拐事件があった時じゃないか。それじゃあ知っているわけがないよ。僕も父さんもそれどころじゃなかったし。……誰かさんのせいでね」
ギロリと、ムナールの鋭い視線がアトフを貫く。
ピリリとした空気が二人を包み込む中、アトフもまた、冷徹な視線をムナールに送り返した。
「あ? 誰のせいだってんだよ?」
「赤い髪したどこかの筋肉達磨のせいだよ」
「誰が筋肉達磨だ、この童顔チビ!」
「誰が童顔チビだ! この脳筋男!」
「アトフ、話、続けてくれる?」
「お、おう……」
何故、話が自分達に伝わらなかったのか。
二年前の出来事を思い出したリプカは、その心当たりに溜め息を吐きつつもアトフに話を続けるようにと促す。
このままでは、いつも通りにムナールと喧嘩して、時間が過ぎるだけだという事を覚ったのだろう。
アトフはコホンと咳払いをしてから、話の軌道修正を図る事にした。
「じゃあ、まずはエアストリアでの事件からだな。二年前、本州にあるエアストリアという街が滅ぼされた。生き残ったヤツの話だが、何人かの甲冑の兵士達と一人の男が突然虐殺を始めたらしいんだ」
「それって……」
「リプカから救援要請の電話を受けた時、ふとその事が頭を過ったんだ。もしかしてオールランドも、エアストリアと同じ事になっているんじゃないかって」
「でも、それが白衣の処刑人がオールランドに救援に来る事と、何の関係があるんだよ?」
「一人の男が突然虐殺を始めたって言っただろ? そいつが、闇の精霊憑きである可能性が高いって話だ」
「闇の精霊憑き!?」
その人物に、リプカは驚愕の声を上げる。
だってその名は、カルトの口から聞いたモノと、同じ名前だったのだから。
氷の精霊憑きとなってしまったカルトの前に現われ、カルトを唆し、彼と共にオールランドを破壊した人物。それが、闇の精霊憑き。
あの時確かにカルトは、そう言っていたのだから。
「そいつが、そのエアストリアを破壊したの!?」
「じゃないか、って言われている。そいつは自身の手を魔物の手や鞭のようなモノに変え、逃げ惑う人々を楽しそうに殺して回っていたらしい。現在、そいつは指名手配されていて、白衣の処刑人達が行方を追っている」
「指名手配? って事は、顔写真とかあるの?」
「いや、写真はない。ただ黒くて長い髪の若い男だって事と、甲冑の兵士が付き従っているって情報しかない」
「そう……」
確かにカルトは闇の精霊憑きに声を掛けられたと言っていた。
けれどもその容姿を聞いたわけではないから、本当にエアストリアを破壊した男と同一人物かどうかは分からない。
けれどもそれが同一犯だった場合、事件は二年前から動き出していたのではないだろうか。
「何だよ、リプカ。お前、何か知ってんのか?」
「カルトが言っていたの。闇の精霊憑きに声を掛けられたって。そいつは精霊憑きにとって住みやすい国を作ろうとしているんだって」
「カルト?」
「リプカちゃんと同じブロッサムにいた男の子だよ。氷の精霊憑きで、オールランドの虐殺に加担している」
「はあ? 氷の精霊憑きぃ!? ……はあ、そっちにも、色々と話を聞かなきゃなんねぇみたいだな」
「そうなんだよ。だからアトフ君じゃ役不足だってのに。他の人を連れて来て欲しかったな」
「ンだとぉ……っ」
「アトフ、話、続けてくれる?」
「……」
今のは悪いのはオレじゃないってのに。
そう思ったアトフではあったが、それを口にしてはまた話が脱線してしまう。
仕方なく、アトフは話を続ける事にした。
「エアストリアの事件は精霊憑きが災厄を呼んだ事にある、と言われる所以はもう一つある。後から明らかになった事だが、指名手配犯となっていた氷の精霊憑きが、エアストリアに逃げ込んでいたんだ。だからそいつがいたせいで、災厄がエアストリアに降り注ぎ、街は滅んでしまったんだとも言われているんだ」
「氷の精霊憑き? え、でも今その精霊はカルトに憑いているわけだから、その人は亡くなったって事?」
「ああ。生き残ったヤツの話じゃ、街人に見付かって殺されたらしい。女の子だったみたいだぞ」
「そっか。それでその後カルトに……」
「え、でもそれって二年前の話だよね? でもカルト君に憑いたのは最近の話じゃないかい? って事は、その間に他にも何人か経由している可能性はあるよ」
「まあ、その辺は分かんねぇんだけど。でもその前の氷の精霊憑きが逃げ込んだって噂を聞きつけて、白衣の処刑人に通報したヤツもいたらしいんだ。それで街には処刑人達もいたみたいなんだけど……。でも、そいつらも結局はみんな殺されている。だから処刑人達は尚更血眼になって、闇の精霊憑きを追っているんだ」
「なるほど、それで白衣の処刑人に救援要請を?」
「ああ。もし、オールランドが襲われている原因も闇の精霊憑きなのだとしたら、処刑人達に頼んだ方が良いだろ? オレ達ミモザの隊員だけで行くよりも早く動けるし、何より規模がデカい。それにもし万が一の事があっても、死ぬのは処刑人だけだ。カンパニュラに残して来た仲間は傷付かない。安全だろ」
「キミ、たまに恐ろしい事言うよね」
「良いじゃねぇか、オレだってちゃんとミモザ代表として、処刑人に同行して来たんだし。文句言うなよ」
「文句は言うよ。だって僕はまだキミの事許したわけじゃないんだからね。そうだよ、だってキミのせいで姉さんは……」
言葉を詰まらせると、ムナールはギュッと拳を強く握り締める。
ああ、そうだ。
二年前、アトフのせいでムナールの姉は……。
「あの男に、攫われたんだ……っ!」
連れ去られたのだ。
恨んでも恨み切れない、あの男に。
しかしそんなムナールの憎しみを鼻を鳴らす事によって笑い飛ばすと、アトフはあろう事か冷たい目を彼へと向けた。
「ンな事、いつまでもグチグチとうるせぇな。相変わらず身長を同じく、ちいせぇ男だよな、お前は」
「は? キミのせいで起きた悲劇だぞ。僕は絶対に、キミもあの男も許さないからな」
睨み合う二人の間に、一触即発の雰囲気が漂う。
しかしそんな二人の雰囲気に、リプカは呆れたようにして溜め息を吐く。
一見、アトフに非があるように見えるが、この場合、どう考えてもムナールが悪い。
いや、自分には兄弟がいないからムナールの気持ちはよく分からないが、兄弟がいれば、こんな風に相手の事を憎らしく思うのだろうか。
「姉さんを返せ! この極悪非道人!」
「うるせぇ! てめぇこそ、いい加減に姉離れしろ! このクソシスコン野郎!」
(そもそも、ルドーがシェーネさんを攫ってくれたから、シェーネさんはオールランドの事件に巻き込まれなかったんじゃないの?)
そう考えれば、感謝こそすれ、恨むべきではないのではないだろうか。
しかしリプカが、呆れながらもそう思っていた時であった。
コンコンと扉がノックされ、ガチャリとそれが開かれたのは。
「失礼します……ムナール! 良かった、あなた、無事だったのね!」
「姉さんッ!」
フワフワの金色の長い髪に白い肌。
プックリとした赤い唇に、ムナールとよく似た大きな青色の瞳。
ムナールと違って長身であり、彼よりも程よく筋肉の付いた、豊満な女性らしい体付き。
扉の向こうから現れたのは、とある男に攫われて行ったシェーネ。
ムナールの実の姉だったのである。