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第1話

 少年の住んでいる家は大阪府寝屋川市にあった。大阪と京都を結ぶ電車の本線は、淀屋橋駅から三条駅まで計四〇駅あり、家から最寄りの寝屋川市駅から淀屋橋駅までの距離は、全線の三分の一程度になる。
 家は父が三〇年ローンを組んで建てた夢のマイ・ホームだった。二階建ての五LDKの間取りで、今では珍しくもないが、一階、二階両方にトイレがあった。二階は六畳二間と八畳一間で広い部屋を少年が使用して、妹は六畳の部屋を使用している。六畳二間は床がフローリングになっていて、八畳の部屋は畳敷きの和室であり、カーペットを敷いて使用していた。一階は六畳の客間と両親が使っている八畳の仏間で、両方とも和室だった。リビングは十二畳と広く、キッチンは四畳程度でダイニングと対面でつながっている。これらは全面フローリングで床暖房を完備しているため、雪が降る冬でも快適だった。

 朝というのに日差しは強く、気温も高かった。記録的な暑さという言葉はもう聞き飽きてしまっていた。最高気温や猛暑日の日数は年々更新し続けていて、終わりを迎えそうな気配さえもない。地球沸騰化という言葉を最近よく耳にするのだが、そもそもこの星が許容できる生物の数はすでに限界に達しているのではないか。そんなことをつらつらと考えている余裕が、今の少年にはなかった。あの強烈な既視感(デ・ジャ・ヴュ)を伴った夢には続きがあるのだろうか。なぜあのような悲惨な夢を見てしまったのだろうか。なぜあの夢は、そこまで考えを巡らせた少年は大きな溜息をついた。考えたところでどうしようもない。夢は夢、現実は現実。それらを峻別して先へ進むしかないではないか、と。
 少年は少し顔を上げた。
 目に映る風景にはたしかに見覚えがあった。いつも通る道、同じ場所に同じモノがあり、この光景と今の自分の存在の正しさを裏づけてくれている。街並みは普段通りでいつもの信号機で少し待たされることも変わらなかった。
 横断歩道を渡った先にはよく行く本屋がある。開店前のスーパーマーケット、喫茶店、美容院、眼鏡屋、カラオケ・ボックス、ネット・カフェ、漫画喫茶。アーケードを通り抜けるとそこには駅がある。改札を通りエスカレーターに乗る。しばらくするとホームに到着する。電車が来るのを待っていると、いつも同じ場所で自分と同じように待っている馴染みの客がいる。会社員、大学生、高校生、いつもの駅員。アナウンスも変わらなかった。ここまですべてが普段と変わらない情景のどこに疑いを差し挟む余地があるというのだろう。
 少年は今の生活に、完全ではないものの不満も取り立ててあるほうではなかった。現実逃避してあのような夢を見る理由がなかった。
 大丈夫、これまではなんの問題もない、違いもない。
 少年はもう一度、家族にも言って、自分自身にも言い聞かせた台詞を脳裏に巡らせた。大丈夫、と。

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