35話 アンジェ
クエスト研修を終えたメーシャはデイビッドと別れて、街をぶらぶらしつつ拠点の宿屋に向かっていた。
「──あれ、なんか騒がしいな」
切羽詰まっているという雰囲気ではなかったが、街の住民がキョロキョロしていたり、一部の人は誰かを探しながら街を歩いていた。
『何か犯罪があった……というわけではなさそうだな』
「有名人でもいたんでしょうか?」
ヒデヨシの言う通り、街の住民の顔に浮かぶのは好奇心や興味がにじんでいる。
「じゃあ、スルーしよ。有名人にもプライベートがあるし」
「ですね」
メーシャたちは住民に混じって人探し……なんてことはせず、本来の目的に戻り街をぶらぶらしながら帰ることにした。
● ● ●
「あ、なんか教会っぽいところがあるよ。もしかしてウロボロスを祀ってるとこ?」
壁は純白なレンガ、屋根は柔らかな黒い八の形をしていて、木の扉の上には『光の家』と書いてあった。
『いや、違うな。城には祭壇があるみたいだが、そもそも俺を祀ってるのはもう殆ど無いんじゃないか? 俺様は元々古い神だし、元より自然信仰に近いからな。祭壇みたいなものを作るより、大地に龍の面影を見てそこを大切にするみたいな感じなのが殆どだったんだ』
「じゃあ、この建物では別の存在を祀ってるんですね?」
『そうだ。迷える魂を救い、人を導く役割を担う。……"光の王
デウスはまるで我が子を語る親のように優しい声で言う。
「光の王……だから光の家か。せっかくだし入ってみよっか」
「そうですね。世界の名前の由来って気になりますし、ちょっとお話でも聞けたら良いですね」
そう言いながらメーシャとヒデヨシは光の教会に入った。まず目に入ったのは特徴的なデザインのステンドグラスだ。
「……犬?」
純白の毛をもったふわふわの犬っぽい姿の存在が後光を放ちながら地上に降り立つデザインだった。
「子犬っぽいですね」
正直に言えば神々しいというより可愛らしいという表現がしっくりくる。本当にここに描かれている存在が神なのだろうか? そうふたりが考えていると、それを察してかデウスが口を開いた。
『威厳って意味ならあまり無いのかもな。だが、慈悲深く、この世界を1番愛してくれたのがこの子なんだよ。……余談になるが、この世界で白い犬は神聖なもの、もしくはフィオテリーチェが世界に降りてきたとされていて、見つけたらお辞儀をしたり困っていたら助けるのが常識になっているぜ。まあ、無理してまで優先する事はないが、信仰してなくても当たり前のようになってるから一応覚えておいた方がいいかもしれねーな』
「そうなんだ。じゃあ、わんこ見つけたらこんどお辞儀してみよ」
メーシャは新しい文化を知り少し楽しくなって、再度教会の中を見回していく。
すると、よく見てみると至る所に白い犬のモチーフの飾りや刺繍、レリーフなどがあしらわれ、そのどれもがよく手入れをされておりこの世界では光の王が大切に思われているのがよく分かる。
──ガタっ。
「ん? ……あれ、気のせいか?」
メーシャは何かがぶつかるような音がした方向を見るが、どこからどう見ても何も見えないし何もいない。もちろん教壇の裏も確認済みで、教会の人も今は不在であることは入り口の看板に書いてあった。
「どうかしましたか?」
「なんか音が聞こえた気がしたんだけど、気のせ──」
──こそこそ。
今度は絨毯を何かがゆっくりこすれるような音だ。
「やっぱいるわ。ちょっと待ってね……」
目に見えない相手だが、メーシャにはそれを看破するしゅだんがある。
「目にオーラを集中させて……。 ──サードアイ!」
サードアイは初めて能力を使った時に対象をロックオンをするために使った技で、生物無機物問わず物質そのものはもちろん、本来色のついていない風、匂い、魔法、魔力、生命力、それらの流れをこと細かに見ることができる。エネルギー消費は激しいので長時間使用はできないものの、今は建物内の小さな範囲だけなので問題ない。
「どうですか、何か見えますか?」
「う〜ん、待って…………あ、みーっけ!!」
メーシャが勢いよく指を差した、その刹那。
「──きゃあっ!??」
驚いたらしい女性の悲鳴が教会内に響いた。
「…………」
「…………」
『…………』
「…………」
メーシャは様子見、ヒデヨシは驚き、デウスは空気を読んで、悲鳴の主は恐さで、それぞれがそれぞれの理由で黙ってしまう。
10秒、30秒、1分……沈黙が沈黙を呼び、みんな誰かが行動するのを待ち続けてしまう。
悲鳴の主は今もなお透明で姿が見えない。もしかするとこの間にでも逃げればいいと思うかもしれない。だが、メーシャはめざとい。
既にサードアイは解除しているがその気配はロックオン済みであり、少しでも動けば目で正確に追ってくるだろう。
「…………!」
試しに悲鳴の主が透明のまま、音も出さずに手を振ってみる。すると──
「むむ……!」
メーシャはその腕の動きを完全に目で捕捉していた。これは逃げられない。
「うぅ…………完敗ですわ」
悲鳴の主は泣きそうな声でそう言うと使っていた魔法を解除した。
細かな光が屈折し、操っていた空気と水蒸気がふわりと解放され、その姿を徐々に晒していく。
「……聖女様てきな?」
メーシャが首を傾げながら本人に確認する。
「ええ。光の王より加護をいただいた聖女です」
ウェーブがかったロングヘアは黄色の宝石が散りばめられたようで、それだけで宝飾品のようだったが、イエローサファイアの装飾があしらわれたティアラが神々しさの域にまで昇華する。
手に持っているのは宝石が嵌められて刃の付いていない祭具らしき槍、身に付けているのは背中には翼のような装飾が施され、腰鎧がドレススカートのようになった純白の軽装鎧。
そして、サファイアブルーのその曇りない瞳は、えも言えぬ近寄りがたさを感じさせた。
「…………あっ、もしかして外の騒ぎってキミ?」
とは言え、メーシャに近寄りがたさは関係ない。いつもの調子で話しかける。
「不本意ながら……。貴女はわたくしを捕まえに来た……と、言うわけではなさそうですが、これからどうなさるつもりかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
年齢はメーシャと同じくらいだろうか、多少あどけなさは残るものの、放つ気迫だけなら熟練した冒険者や戦闘中のメーシャにも負けてはいないだろう。
「悪いようにはしないよ〜。でも、一応何があったか聞いてもイイかな?」
「……………………分かりました」
その女性はしばらく刺すようにメーシャを見つめた後、何か納得した様子で承諾した。
「──わたくしはコンドリーネ連邦国のサフィーア家が次女……"アンジェ・クローネ・サフィーア"。以後お見知り置きを……」