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36話 聖女と勇者の出会い

「──わたくしはコンドリーネ連邦国のサフィーア家が次女……"アンジェ・クローネ・サフィーア"。以後お見知り置きを……」

 魔法で透明になってまで教会で隠れていたのは隣国コンドリーネの聖女だった。

「……初めに言っておきますが、この騒ぎでわたくしに非はあれど罪はありませんわ。よろしくて……?」

 アンジェは教会に並ぶ長椅子に腰かけ、確認をとりながらメーシャにも座らないかと手で促す。もちろん、アンジェの分もだ。

「よろしいよ」

 メーシャは軽く返事をしてアンジェの隣に座ると、魔法陣から地球から持ってきたパックの乳酸菌系飲料を取り出す。

「そうですね。外の皆さんも、罪人を探してる風ではなかったですもんね」

 ヒデヨシも座り、流れるようにメーシャから豆乳を貰う。ヒデヨシは器用なのでストローも自分で挿すことができる。

「…………? あ、本題に戻りますわ。わたくしは元々、ドラゴン=ラードロ出現とアレッサンドリーテの危機との話を聞き、少しでもお手伝いしたいと姉のマリーと共に国を越えて来ましたの。ですが、この問題で他国に頼れば
この先どんな無理難題を押し付けられても断れなくなるからと、ラードロにかかわる全ての地域への立ち入り禁止を言い渡されました。仕方のないことですが……」

 アンジェはパックジュースの飲み方が分からず、いろんな方向から観察した後あきらめて膝の上の置物化してしまった。

 アンジェは聖女であると同時に他国の中枢たる貴族。そんな存在に後継者を救われたとあれば、現ピエール王はともかくジョセフィーヌは政治的に不利になってしまう。
 アンジェやその姉が他意はなかったとしても、万が一他のサフィーア家の者が悪意をもっていれば、今後アレッサンドリーテはコンドリーネの植民地や属国になる可能性が十分にあるのだ。

「それで……騒ぎにどうつながってくんの? 罪はないんだったよね」

 アンジェは事前に非はあれど罪はないと言っていた。なので、断られて面目が潰れたから八つ当たり……みたいな事になはっていないはずである。

「ですから、わたくしたちにできる範囲で少しでもお役に立ちたいと思い、街の方々の怪我や病気を治そうと決めましたの」

「怪我人……? ドラゴン=ラードロ襲撃以降街は攻撃という攻撃は受けてないそうですし、最近怪我したとかなら普通の回復魔法でも問題ないと思いますし、治してもそこまで騒ぎになるとは思えませんね……。普通の回復魔法では難しい病気を治したとかですか?」

「…………それが、怪我の後遺症で腕が動かない方がいまして、手始めにとその方の腕を動かせるように治しましたら……」

「治しましたら?」

「非番の王族近衛騎士団で、しかも四騎士のひとりで、さらにその腕はドラゴン=ラードロに攻撃を受けて感覚を奪われた箇所で、回復魔法士も治療不可能とサジを投げた状態で、さらにさらに、大通りでしたので回復した瞬間を大勢に見られてしまいましたわ。……うぅ」

 アンジェは迂闊(うかつ)な自分の行動を思い出してうなだれてしまう。

 近衛四騎士とは、カーミラを含む騎士団の中でももっとも優秀な4人である。アンジェが治したのはメーシャが城に行ったときに出迎えた騎士のひとりだろう。

「そりゃ騒ぎになるか」

「貧しく回復魔法士が頼れない方や、普通の回復魔法では治療が難しい方を治していきたかったのですが、数えきれないくらいの人だかりができ、病人や怪我人よりわたくしの奇跡を見たい方の方が多くなってしまい、やむを得ずその場を離れることにしたのです。その道中で姉とはぐれてしまいまいましたわ。スマホ型魔法機械(パルトネル)もまだ貰ってないですし。わたくし………………どうしましょう?」

 アンジェは最後にか細い声で何かを言った。

「……今なんて言ったんですか?」

 聞こえなかったのでヒデヨシが聞き返す。

「ん? ああ、この子方向音痴で迷子なんだってさ」

 しかし、メーシャはバッチリ聞こえていた。

「はゎ〜〜〜?!」

 アンジェは聞こえているとは露ほども思ってなかったらしく、恥ずかしさのあまり声にならない声を漏らしてしまった。ついでに足までジタバタしてしまう。

「……ほら、そんなに激しく動いたらジュース落ちちゃうよ」

 メーシャはジュースを一旦回収して、ストローをサッと突き刺してアンジェに返す。

「……ん? ──すっぱ? あまっ、えっ? ヨーグルト……のような風味ですわ。思ったより美味しいかも……」

「それスーパーで買ったら120円すんのに、学校で買ったら60円なんよ。めちゃイイっしょ」

「エン? 聞いたが事ない貨幣名ですが、半額になるのは良いですわね」

 ──ちゅ〜。

 アンジェは気に入ったらしく、200mlパックをほとんどひと息で飲み切ってしまう。

「僕も飲み切りました」

「っし、じゃあ行こっか」

 ふたりが飲みきったジュースのゴミを回収しながらメーシャが立ち上がる。

「どこにですの?」

「国を越えてるんだから、どこかに泊まる場所ぐらいとってるでしょ? もしかしたらそこにいるかもしんないし、とりま行ってみよ」

「で、でも、案内できませんわよ……?」

 アンジェが申し訳なさそうに言った。

「場所の名前が分かれば案内は必要ないですよ。ねえ、お嬢様?」

「うん。どこ?」

「……街を出て南東の旅の宿屋ですわ」

「方向も分かって……ああ、方向が分かってもどこがその方向が分かんないんだよね? ママがそうだったし、あーしも案内慣れてっから任せて!」

「おお、頼もしい! 神のお導きですわ!! では、出発しましょう!」

 アンジェは感極まって冷静さを失ったのか、透明にならずに外に出ようとしてしまう。

「あっ、ちょちょ! まだ外が騒がしいのにそのまま出たらダメだよっ!」

「……ああ、申し訳ありません! 忘れていましたわ! ──我らに光の安寧を……『和光同塵(わこうどうじん)』!」

 アンジェが息を吹き込むように槍にふーっと息をかける。すると、周囲にふわふわと光が生まれていき、成長した光が次第に屈折してみんなの姿を透明にした。

「今度こそ、出発で良いですわよね?」

「うん。ってか、透明でもお互いの場所が分かるんだね」

「はい。分かるようにしましたわ」

「では、出発です!」


 ● ● ●


 道中アンジェが急にあらぬ方向に進みそうになったり、見たことがない道に怯えたりはあったものの、スムーズに旅の宿屋にたどり着くことができた。
 しかも幸運なことに、宿屋の主人がアンジェの姉に連絡をとってくれた(泊まる時にパルトネルの番号をひかえることになっている)ので、すぐに再開も果たすことができるようだった。

「──ありがとうございました。……そう言えば、お名前をお伺いしていませんでしたわね」

「あーし? あーしは"いろはメーシャ"」

「僕は"ヒデヨシ"です」

「メーシャさん、ヒデヨシさん、今日は大変助かりましたし、心強かったです。それに……ジュースも美味しかった。来てくれたのがあなた方で良かったですわ」

 アンジェは少し落ち着いたのか穏やかな顔になっている。

「気にしなくて良いよ。迷子って心細いもんね」

「はい。この御恩は忘れません。今度会えたら、その時はわたくしがメーシャさんとヒデヨシさんを助けますわ」

「楽しみにしてるね!」

「聖女様が助けてくれるって、それこそ心強いですね」

「では、その日まで。……ごきげんよう」

 こうして、聖女アンジェとメーシャの出会いは幕を閉じたのだった。

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