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第十一話☆新しい出会い

卒業式から半年、残暑が残る九月に
私は新しい命の立会人となったのだった。

マー君が一年生の担任になり何かと忙しく、
帰って来るのは十一時近いことが増えた。

その日も、帰りが遅いマー君のために何を
作ろうかと考えながらスーパーに行き、家に向かおうと思った矢先に
妊婦さんがしゃがみ込んでいた。

『大丈夫ですか?』

苦しさからなのかこの暑さのせいなのか
わからないけど、その人はひどい汗をかいていた。

とりあえず、ハンカチを取り出しその汗を拭った。

住宅街にタクシーが走ってるはずもなく、
携帯を取り出して何時も使ってるタクシー会社に電話を掛けた。

『もしもし、何時も利用させて
頂いてる佐川ですが〇〇町〇〇-〇まで
大至急来て下さい』

八分後、何時もの運転手さんが降りて来たから
事情説明をしながら彼女をタクシーに乗せ私は助手席に乗り込んだ。

『総合病院までお願いします』

後ろの彼女を気にしながら病院に電話を掛けた。

電話口に出た受付の女性に今の状況を伝えた。

見つけた時よりは落ち着いたのか
病院に着く頃には呼吸は整っていた。

もう一度、運転手さんに手伝ってもらい
妊婦さんを降ろし、料金を払った。

『ありがとうございました』

年配の彼はいえいえと言って帰って行った。

「あの、ありがとうございます」

出会って数十分、話せる状態になりよかった。

『当然のことをしただけですよ』

まだ歩き難そうな彼女を支えながら受付まで着いて行き
産婦人科の前で一緒に待つ。

「ええと、お名前訊いてもいいかしら?」

そういえば、名乗っなかったっけ。

『失礼しました、
佐川華蓮って言います。

私も訊いていいですか?』

見た目からして二つ三つ上そうだ。

「栄螺那々弥といいます」

『因みにお歳は?』

女性に歳を訊くのは本来ご法度だが
栄螺さんは気を悪くすることなく答えてくれた。

「二十三歳よ」

やっぱり予想的中だ。

「佐川さんは?」

栄螺さんはこっちが聞くと聞き返して来た。

『二十歳です……』

話してる内に彼女が診察室に呼ばれた。

「行ってくるね」

立ち上がり、一番奥の診察室に入って行った。

二十分程して出てて来た。

『お帰りなさい』

「ただいま」

ノリのいい人だ。

『お腹の赤ちゃん大丈夫でした?』

見つけた時、冷や汗まで流して
しゃがみ込んでだし大丈夫なのだろうか?

「うん、大丈夫だって」

よかったぁ~

「後一ヶ月で出産予定日なんだ」

お腹を撫でる栄螺さんは"お母さん"の顔をしていた。

『少し早いですけれどおめでとうございます』

触ってもいいですか?って訊いたら、私の手をお腹にあてた。

あっ、今動いた。

「不思議よね」

私の手の上から栄螺さんの手が重なった。

「よかったら、出産に立ち会ってくれない?」

ぇぇぇ~!?

私が……!?

『旦那さんは?』

敬語が外れたけど今はそんなことを
気にしている場合じゃない……

「さぁね、此処四ヶ月くらい帰って来てないんだ」

何とも言えなくなっちゃったなぁ……

『それ、家の旦那さんに
訊いてみてからでもいいですか?』

困った時は、マー君に相談するのが一番。

「結婚してたんだ……」

驚くのも無理ない。

私の身なりは人妻って感じじゃないし
半年前に専門学校を卒業したばかりだ。

『はい、もうすぐ三年です』

今年のプレゼントは何がいいかなぁ~

「さっき、二十歳って言ったよね?」

『そうですね』

うん、間違ってないから。

「十七で結婚したの?」

聞き方は質問というより確認してる感じだ。

『高二の時に籍入れました』

"普通" じゃないのは初めから判っている。

「旦那さんは何してる人?

そうなるよね。

『教師です』

"何処の"とはあえて言わないでおいた。

「そうなんだ」

何となくわかっただろう。

とりあえず、お会計するために一階まで降りた。

彼女の家を知らないから
住所を聞くと家よりかなり先だった。

「そうだ、此処に来た時のタクシー代幾らだった?」

どうやら、返そうとしてるらしい。

『いいですよ』

たまたま、彼女を見つけて此処まで
連れて来たのは私が勝手にしたことだ。

「でも……」

腑に落ちないらしい。

『わかりました、此処に領収書が
ありますから割り勘して下さい』

バックから財布を出し、先程のタクシーの領収書を渡した。

帰りのタクシーも自分の家までの分は出すことになった。

マンションの前で停めてもらい私は降りた。

『じゃぁ、気をつけて帰って下さい』

さっき、タクシーを待っている間にマー君にメールをした。

そしたら、俺も一緒に立ち会うと
言い出して那々弥さんと笑った。

「家に着いたらメールするね」

彼女を乗せたタクシーが見えなくなったのを
確認してマンションの中に入った。

メールが来たのはそれから、十五分してからだった。

『あっ、ヤバい
荷物あそこに置きっぱなしだ……』

そう思ってどうしようか考えてたら、携帯が鳴った。

『もしもし』

電話の相手は何時もの運転手さん。

『どうしたんですか?』

自分の声に覇気がないのは承知で聞く。

「買い物、あそこに忘れて行きましたよね?」

思い出したのは今だけどね。

『ええ、それが?』

「実は、こっちでお預かりしてるので
後で取りに来て下さい」

タクシー会社までだとバスで四十分くらいか……

『分かりました、今すぐ取りに行きます』

電話を切り、玄関の鍵を閉めたのを
確認してバス停に向かった。

今日買った物を思い出して、自分で苦笑いする。

『これも、ある意味運命なのかな?』

バスを降りて歩きながら小さく呟いた。

「お待ちしてました」

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