気付かないフリをして
四人で食事をした日から気付けば二ヶ月経っていた。
季節は夏。
このクソ暑い中でも裃は
毎朝、元気に挨拶してくるし
隙あらば{好きです}
と耳元で囁いてくる。
本当はわかっている。
裃に絆されかけて、
{好き}になりかけていることに。
だが、俺には妻子がいる。
心とは別に色々問題がある。
☾世間体☽、☾同性☽、☾既婚者☽etc.
前の二つは別にいい。
問題は☾既婚者☽。
俺が独身だったなら
それこそ、絆されるまま
裃の告白を受けていたかも知れない。
妻子のことは大切だが
裃を{好き}に
なりかけているのも本当で
感情がぐちゃぐちゃで
眠れない日が続いた。
そんな日が続いて一ヶ月。
目の下には濃い隈ができていた。
当然、家族にも同僚にも
そして裃にも気付かれているが
笑って誤魔化した。
『藍原さん』
自販機でコーヒーを買っていると
後ろから裃に声をかけられた。
『お疲れ』
横の壁に寄っ掛かって
買ったばかりの
ペットボトルのコーヒーを
一気にに半分程飲んだ。
『お疲れ様です。
大丈夫ですか?』
裃が心配してくれてるのが
嬉しいなんて思うあたり
なりかけではなく
完全に{好き}に
なっているんだと
確信してしまった。
『毎日、遅くまで
残業しているのに
朝は誰よりも早く来てますよね?』
バレていたのか。
『隈酷いですよ?』
『心配してくれてるのか?
ありがとうな』
〚してくれてるのか?〛なんて
わかってて訊いてる俺は
ずるいだろうか?
『好きな人の
心配をするのは普通のことだと
思いますし藍原さんの
寝られな原因が
俺の告白のことなら申し訳ないなと……』
根本的な原因は
確かに裃の告白の件だが
今回、俺が寝られないのは
自業自得に過ぎない。
家で妻や息子も
寝られない俺を
心配してくれていたし
それが嬉しくないわけじゃないが
裃に心配された時が
一番嬉しかったなんてもう、重症だ。
〔
心の中で名前を呼んでみた。
家族には悪いと思ったが
込み上げてきたのは
“愛しい”という気持ちだった。
『気にしすぎだ』
飲み終えたペットボトルを
ごみ箱に捨てて、
裃の頭をポンと軽く叩いた。
気づかないフリをして。