第3話 神との対話、前世のお礼。
時間をさらに巻き戻そう。
これは今から15年前、階段から落ちたこの時から遡ること7年前のこと。
つまり、ルナとしてこの世に正を受ける直前の話だ。
前世の私こと水戸琴音は、真っ暗闇の静かな空間で目を覚ました。
寝起きで頭がはっきりしていなくてボーっとする。
「ここは……?」
自分の部屋ではない……ということ以外は何も分からない。
なぜここにいるのかも分からない、そんな時のことだった。
突然誰かの声が聞こえてきのは。
「あなたは死にました、水戸琴音さん。」
私はその声がする方向に顔だけを向けると、誰かの姿が目に入った。
17歳くらいだろうか。
白い服を着た、華奢で少年っぽさを残した金髪のその青年だ。
普通、このような状況で誰か人がいたら、相手は大抵知らない人。
『あなたは誰?』とか『ここはどこ?』とか、パニックになって色々問い詰めるだろう。
でも、私は違った。
私はその人物の顔を………私は知っていた。
だから、ガバッと体を起こして叫んだ。
「リオスだあああああああああああ!!」
それこそアイドルのコンサートで推しメンが出てきたなみだ。
端的にいうと発狂した。
でも許してほしい。
だって彼は……自分が生み出した物語『呪いを受けた聖女』の登場人物がそこにいたのだから。
「私、もう死んでもいい。」
「だから死んでるんですって。」
私が涙を流して喜んでいると、リオスに冷静にそうツッコまれた。
そういえば、さっきもそんなことを言っていたっけ。
感激の感情の方が強くて左から右へと聞き流していた。
私は彼の言葉にようやく返事を返す。
「……死んだ?そんなわけないじゃん。私、元気なのに。」
「あの状況で元気と呼べるかどうかは微妙だと思いますよ?心当たり、本当にありませんか?」
そんなことを言われても、心当たりなどない。
会社の健康診断で、特に何も引っ掛からなかったのだから。
まぁ、アラサーにもなって、漫画家になりたい夢を捨てずに追いかけていた私は、正社員で働きながら、寝る間も惜しんで漫画の原稿を連日仕上げるために、もう何日も徹夜してたから、寝不足ではあるけど。
「さっきも、いつも通りお風呂に入って……」
「その風呂で、あなたは溺死しました。」
「溺死?お風呂で?」
うちのお風呂、溺れるほど深くないはずだけど……。
「よほどが溜まってたんでしょうね…お風呂は満タン状態で、眠った後湯船に顔が沈み、目が覚めることなく、そのままです。」
「何それ……なんか恥ずかしい……」
まさかそんな最期を遂げるとは。
私、発見された時どんな状況だったんだろう……顔から火が出そう。
「大丈夫ですよ、服着たままでしたから」
「逆に恥ずかしい……。」
発見された時とか、警察呼ばれた時とか、
『わーこの人服着たまま風呂入ってる〜』『ぷーくすくす』とか言われてたのかな。(※事実に基づかない完全被害妄想)
たしかに、こんな生活してたら、いつどうなってもおかしくないなぁ……なんて思ってたけど。
でもそっか……私、死んじゃったのか……。
「じゃあ、リオスがあの世の案内人?」
なるほど、適任ね。
こんな丁寧に話しているが、彼は物語の中で『神様』と言う位置付けのキャラ。
だから、死んだ人間の魂を迎えに来ることに何の違和感もない。
「天国なり地獄なり、どこへでも連れてってちょうだいな」
「よろしいのですか?」
「うーん、まぁ未練はないかな。」
家族も疎遠で友達もいないし。
夢追いすぎて恋愛経験ないし、結婚どころか恋愛も興味ない。
その夢だって……その夢も今からじゃ叶わなさそうだしね。
できれば、リオスも登場する『呪われた聖女を』の漫画も、子供の頃から温めてて、いつかプロになって漫画描いて、アニメ化にしたかったけど、ここまでくると、未練通り越して諦めの境地だ。
生き返ることができたとしても、楽しい人生は今からじゃ送れなさそう。
なんか苦しくないし、うん、戻れなくていいや。
死ぬ時はもっと未練や後悔で溢れているものかと思ったけど、案外あっけなくて、なんとも思わないものなんだね。
しかし、そんな私とは裏腹に、リオスはがっかりした表情を浮かべた。
「そうですか……困りましたね……お礼がしたかったのですが……。」
「お礼?」
はて……お礼と言われましても。
今日初めて言葉を交わした彼に、お礼をされるようなことはあっただろうか。
「僕たちを……そして僕たちの世界を生み出してくれたお礼です。次の人生、記憶を保持したまま『人生やり直し』か『転生』のどちらかできるようにしようかと。」
「て……転生できるの!?」
「はい、何なら世界と生まれ変わる人物の指定までできますけど……」
人生やり直しは、耳に入っていない。
というか、選択肢にもなかった。
「だったら、私……転生したい!私、自分の作品の、リオスも出てくるあの物語の世界に行きたい!」
実はアニメ化以外にももう一つ夢があった。
厳密にいうと、こっちの方が本当の私の夢、願望にに近いのかもしれない。
死ぬ際は、自作のキャラ達に迎えに来てほしい(会いたい)
もしくは転生できるのであれば、次の人生では自分の生み出した世界で生まれ、みんなと仲良くなりたいという夢が。
私の申し出に、リオスは目を丸くする。
「いいんですか?もう一度人生やり直して、夢を叶えたいとか、別の人生歩みたいとか……ないんですか?記憶そのまま過去に戻すことも……」
「いいの……仮に同じ記憶を持って同じ時代に生まれて人生やり直せても私にとって楽しい世界じゃないし、そんなことよりも皆んなのいる世界に行きたい!」
「冷静に聞いて考えると、なかなかキモい願いですね。」
『皆んなのいる』という言葉だろうか、自分の世界に行きたいと言っているように聞こえて率直な意見を言ったリオス。
その言葉にグサリと来たけれど、本心だから仕方がない。
「わかりました、夢を叶えましょう。……どのキャラに生まれ変わりたいとかあります?ヒロインからモブ、動物、なんならあなたそのものを……と言うこともできますが」
「ヒロインのリイナとヒーローのフィリックは嫌!」
「あぁ……やっぱり死ぬのは嫌ですか?なかなかな悲恋ですもんね。」
「責めてる?仕方ないでしょ!悲恋好きなんだから!」
そう、私が転生を求めている、自分の作り上げた世界は
ロミジュリのような悲劇の物語の中で惹かれ合う二人、みたいな作品を作りたいと思って作ったわけので、悲劇な展開てんこ盛りなのである。
「そうじゃなくて!私は、この2人を極力間近で観察したいの!観察できるなら死んでもいい!人間でなくてもいいわ。」
「つくづくキモいですね。」
そんなに何回も言わなくてよくない?
お母さん悲しい。
「わかりました。ではヒロインの一番身近なキャラに転生ということにしましょうか。」
リオスはそういうと、私の頭に手をかざした。
「それでは新たな人生に幸あれ」
こうして、白い光に包まれて、再び意識が掠れていった。
全てを思い出した私は目を覚ますと、自分ルナの部屋のベッドの上にいた。
ベッドの脇には……
「ルナ!大丈夫!?」
前世で死ぬほど会いたかったヒロインのリイナが、私の顔を覗き込んでいた。