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第14話 崩壊

 結果的に、依頼の夫婦は無関係だった。
 サイドのおかげで平和的に情報を入手したのだが、昨日の夕方、両親が帰宅するまで子供の面倒を見ていたらしいカルディアは、無事に依頼を終え、報酬を受け取ってから帰路に着いたらしい。
 夫婦が嘘を吐いているとも考えたが、カルディアが夫婦に見送られて帰って行ったところを目撃した人がいたので、おそらくそれはないだろう。

 それよりも気になる事は……、

「昨日、この辺りでカルディアを見たっていう人もいたのよね。顔なじみだったみたいで挨拶も交わしたって言っていたから間違いないと思う」

 カルディアの足取りを追うため、リプカとサイドは彼女の目撃情報を集めながら帰って来た。
 その際、彼女を見掛けたと言う人は意外と多くいて、中でもこの周辺で、彼女の知り合いが彼女と言葉を交わしていたらしい。
 会話をしているのだ、見間違いという事はないだろう。
 だとすると、カルディアはその後事件に巻き込まれたという事になる。
 日誌に何も記入されていない事から、その知り合いとギルドに帰宅するまでの僅かな時間の間に何かがあったのだ。

 その何か、というのが、まだ何も分かっていないのだが……。

「ところでカルトとローニャはどうしたんだよ。アイツら東区の森に行ったんだろ? 何でまだ帰って来ないんだ。さてはカルトのヤツ、二人っきりなのを良い事に、森の中でローニャに不埒な行為を……」
「カルトはサイドと違って紳士だからそんな事しないよ。サイドと違って」
「二度も言うな! だいたいオレだってそんな事出来ねえわ! そんな度胸ねえよ!」
「じゃあ、度胸があったらするんだ。ははは、ヘタレハゲ」
「今ハゲは関係ねえだろ! だいたい、お前が何も考えずに飛び出すから悪いんだぞ! そのせいで、オレがお前の後を追わざるを得なかったじゃねえか! おかしいだろ! 普通に考えて、カルトのポジションはオレだ! そうだ、だからローニャに何かあったら全部お前のせいだ!」
「大丈夫だよ、カルトが一緒なんだから。サイドより安全でしょ、色々な意味で」
「何だよ、色々な意味って」
「性的にも、戦力的にも、ビジュアル的にも」
「ビジュアル関係ねーっ!」
「お前ら、いい加減にしろよ……」

 二人の言い争いを眺めていたグラディウスは、いい加減に痺れを切らし、状況分かってんのかよ、と呆れた溜め息を吐いた。

 それでもギャアギャアと言い争いが耐えない二人の声を聞きながら、グラディウスは窓から外を眺める。

 既に日はどっぷりと暮れ、空には月や星までもが輝いている。

 今日はローニャがいるのだ。
 カルトとて危険なC地点やD地点に行ったりはしないだろう。
 しかしそう考えると遅い。ローニャだってそれなりに戦えるし、何よりギルドナンバーワンの実力を誇るカルトが一緒にいるのだ。東区の森に行くくらいなら、日暮れ前には戻って来てもいいだろう。
 それなのにこの時間になってもまだ帰って来ないだなんて。
 考えたくはないが、二人に何かあったのではないだろうか。

「ええい、リプカ! お前も将来薄毛になれ!」
「残念でしたー、家、薄毛にはならない家系なんですー」
「ちくしょう、滅びろ、フサフサのヤツ!」
「お前ら、ホントいい加減にしろよ……」

 何がどうしてそういう話になったのかは知らないが。
 相変わらず元気な二人に、グラディウスは頭を抱える。

 しかしその時であった。
 ガランと音を立てて、ギルドの扉が開け放たれたのは。

「っ!」

 それを見て、言い争っていた二人もさすがに押し黙る。

 勢いよく扉が開いたと思った直後、ドサッと音を立てて、血塗れのカルトがその場に倒れ込んで来たのだから。

「カッ、カルト!」

 それを見たサイドが、真っ先にカルトへと駆け寄る。
 そしてカルトを抱き起すと、必死に彼へと声を荒げた。

「おい、カルト、どうしたんだよ!? しっかりしろ!」
「サイ……、悪い、ローニャ、が……」
「とりあえず意識はあるみてえだな。なら、医者に……」
「ちょっと待って」

 と、医者を呼ぼうとするサイドを遮って、リプカが彼らに歩み寄る。
 その手に、赤いコアの付いた木の杖を持って。

「韓紅の女神、その抱擁を受けよ……癒しの風!」

 ふわりと、桃色の風がカルトを包み込む。

 すると彼の体に出来た傷が、嘘のようにみるみると塞がっていった。

「これで傷は大丈夫よ。一応医者には見せた方がいいと思うけど」
「ええっ、ちょっと待てリプカ! 何その便利な魔法! っつーか、お前そんな魔法使えたの!? 何ソレ、オレ聞いてない!」
「はあ? 言ったよ! 前から言っていたよ! 回復魔法だけじゃなくって、攻撃魔法も使えるようになったって! 誰も信じてくれなかったけどね!」
「信じられるかそんな事! 絶対嘘だと思ったもん!」
「もん、じゃないわ! だいたい私、いっつも杖持っていたじゃない! ちょっとは魔法使えるんじゃないかって察してよ!」
「人を殴るための棒きれだと思っていました!」
「何だとー!」
「そんな事より!」

 再び口論を始めようとする二人を制して、グラディウスはその視線をカルトへと移す。

 リプカの魔法で大分楽になったのだろう。
 先程までのカルトの苦しそうな呼吸も、大分落ち着いているように見えた。

「大丈夫か、カルト?」
「ああ、お陰さまで……」
「何があったんだ?」
「……ランドに襲われた」
「なっ!?」

 彼の口から出たその名に、三人の目が見開かれる。

 ランドと言えば、つい先日里帰りをしていると言ってこのギルドを訪ねて来た同級生だ。
 サイドが親しそうに話しながらこの中に連れ込んでいたのを覚えている。
 あの時はそんな凶暴そうには見えなかったが、まさか最初からこのギルドの者に危害を加えるつもりで、自分達の前に姿を現したのだろうか。

「襲われたって……じゃあその傷、ランドに?」
「ああ。懐かしい顔だったから油断したんだ。ランドの他に、長い黒髪の男も一緒だった」
「黒髪の男?」
「知らないヤツだったよ。年は同じか少し上くらいだったけれど。それで……ローニャがヤツらに連れ去られたんだ」
「えっ!?」

 その報告に、リプカは動揺に瞳を揺らがせる。
 ローニャの状況については薄々感じていたのだろう。サイドはギュッと拳を握り締めた。

「サイドとその男が共闘して、お前らに襲い掛かったって事か? 何のために?」
「分からないよ。けど、カルディアもアイツらに襲われたんだと思う。……ごめん、オレが傍にいたのに逃げてくるのが精いっぱいで、ローニャを……」
「いや、お前のせいじゃねえよ」

 ガックリと項垂れるカルトに、サイドは首を横に振る。
 そしてその視線を、険しい表情を浮かべるリプカとグラディウスへと向けた。

「とにかくリプカとグランはもう帰れ。カルトがこの状態だ。これからの話はまた明日にしよう」
「お前らはどうする気だよ?」
「このままカルトを一人で帰すわけにもいかないだろ。オレはコイツと一緒にギルドに泊まっていくよ」
「そうか、分かった。じゃあリプカちゃん、オレ達は一度帰ってまた明日……」

 明日にしよう。
 しかしそう口にしようとしたグラディウスを遮って、リプカは一人、不服の声を上げた。

「じゃあ、私も残る」
「はあ?」

 しかしその申し出に、今度はサイドが不服の声を上げる。
 すると、また騒がしい言い争いが始まると直感したグラディウスが、先に頭を抱えた。

「お前な、人が親切に帰れって言ってんだよ。大人しく家に帰れ」
「やだ、ここにいる」
「やだ、じゃねえよ。子供みたいな事言ってんな」
「いいじゃない、全員で残った方が。ローニャとカルディアが攫われているのよ。ランド達が夜な夜な襲撃に来るとも限らない。みんなで固まっていた方が安全じゃない」
「いや、まあ、それはそうかもしれないけど……」
「じゃあ、そうしよう。グランもそれでいいでしょ」
「あ? ああ、オレはそれで構わないよ」
「じゃあ、決まり。今日はみんなでここに泊まる。で、明日明るくなってからまた動く。いいでしょ、サイド」
「はあ、仕方ねぇな……、分かったよ」

 渋々に、サイドはリプカの案に首を縦に振る。

 そしてギルドリーダーが了承の意を表したのを確認すると、リプカは屋上で風に当たって来ると言って、その場から立ち去って行った。

「くそっ、リプカのヤツ、人の気も知らねえで……」
「でも、今のはリプカちゃんが正しいよ。ここが襲撃される可能性があるのなら、全員で迎え撃った方が良い。サイド、お前が一人で背負う事はない」
「……」

 はっきりとそう言い切るグラディウスに、サイドは不服そうに眉を顰める。

 そんなサイドに苦笑を浮かべると、グラディウスは視線をカルトへと移した。

「カルト、医者には行くかい?」
「いや、リプカのおかげで大分楽になった。行く必要はないよ」
「そうか。なら、お前ももう休め。寝ずの番はオレとサイドでやるからさ」
「リプカにもやらせようぜ。言いだしっぺはアイツだろ」
「いくらなんでも女の子にそんな事はさせたくないよ」
「……くそっ、禿ろ、お前」
「残念、オレの家系もフサフサだ」
「……」

 不貞腐れてしまったのか。
 それ以上口を開こうとしないサイドに、グラディウスは再度苦笑を浮かべる。

 とにかく戸締りはしっかりしておこうと、グラディウスはギルドの扉に施錠を施した。










 ギルドが襲撃に合う事はないだろう。
 おそらく敵は、一人ずつ確実に仕留めに来るハズだから。

 それなのにリプカがギルドに残ろうとしたのは他でもない。このまま帰っていれば、明日の朝には確実にサイドがいなくなっているからである。

 考えたくはないし、疑いたくもない。けれども注意は払わねばならない。
 だってサイドもグラディウスも、仲間思いで優しい人だ。仲間を疑うなんて事、あの二人には出来ないだろう。
 そう、リプカは疑っている。仲間であるハズの、カルトの事を。

(黒い男がいるのかどうかは分からないけれど。でもカルトがランドと手を組んでカルディアやローニャを襲ったのは間違いない)

 先程のカルトの言葉を思い出す。
 明らかに不自然だった。彼がこの事件に関与していると見て、まず間違いないだろう。

(これ以上、私の仲間に手を出させるわけにはいかないわ)

 決意を固めたように、ギュッと拳を握り締める。

 この時期には珍しい冷たい風が、彼女の頬を撫でて行った。

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