第15話 犯人は誰?
一応ノックはしてやろう。それが礼儀というモノだ。
コンコンと二度扉を叩けば、中から返事が聞こえる。どうやらまだ起きていたらしい。
ギルド内にある医務室の扉を開ければ、そこにはベッドの上で起き上がっている、カルトの姿があった。
「リプカ? どうしたの、こんな遅い時間に?」
キョトンと目を丸くする仕草も、どこか胡散臭く見えるから不思議である。
カツカツと靴音を立てながら近寄ると、リプカはベッドの中で体を起こしているカルトを、冷たく見下ろした。
「何、リプカ? そんな怖い顔しちゃってさ」
不思議そうに首を傾げる彼が、薄ら笑いを浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。
とにかくカルトがいつ攻撃をしてくるかは分からない。
リプカは細心の注意を払いながら、口を開いた。
「体の調子はどう、カルト?」
「リプカのおかげでとてもいいよ。ところで用件は何? そんな事が聞きたいんじゃないんだろ?」
建て前は通じないし、リプカとて、回りくどい事は得意じゃない。
早く本題に入れとカルトが促せば、リプカはじゃあお言葉に甘えてと、その用件を口にした。
「カルディアとローニャはどうしたの?」
「……どういう事?」
「そのまんまの意味だけど。ランドと手を組んで二人を襲ったのはカルトなんじゃないかって、聞いているの」
「へえ。リプカはオレを疑っているんだ」
特に驚いた様子はなく、わざと驚いた風を装って、カルトはそう口にする。
その際に、彼の口角が上がったのは見間違いではないだろう。
「酷いな、リプカは。仲間を疑うなんて。いくらオレでも傷付くよ」
スッと。
布団の中で隠れているカルトの右腕が翻る。
布団の中で密かに集まるのは冷気の魔力。
そして掌で形成されて行く氷のナイフ。
それを布団の中でひっそりと握ると、カルトは悲しそうを装った笑みを、リプカへと向けた。
「だいたい、証拠でもあるの? 証拠もないのにそんな事を言うのは良くないと思うんだけど」
「それなら逆に聞くけど。カルトがやっていないっていう証拠はあるの?」
「ないよ。でも、それはリプカ達にも言える事だろ。リプカ達だって、やっていないなんて証拠はないじゃないか」
「少なくとも、私とサイドにはあるわ。今日一日、私達は一緒にいたもの」
「じゃあ、グランは?」
「うちのギルドで一番強いハズのカルトがローニャと一緒にいたっていうのに、グランが手を出せるハズないでしょ。私には、あなたがランドに油断して大怪我を負ったっていう方が信じられない」
「言ったじゃないか。ランドとは、黒い男が一緒だったって。そいつが強かったんだよ」
「凶悪な魔物の多いD地点に単身で乗り込んで、無傷で帰って来るような人が、たかだか黒い男にそこまでの傷を負わされるとは思えないんだけど?」
「魔物より凶悪だったんだよ、その男。傷だって本物だ。リプカが治してくれただろ? ああ、もしかしてこの傷を疑っているの? あれは本物だよ。見てよ、ホラ。まだ右腕に傷が残っているだろ?」
そう口にしながら、カルトは右腕をリプカの前に突き出す。
手にしたナイフを、彼女に向かって投げ付けながら……。
「はい、はい。今日はそこまでにしようか」
「!」
と、企みながら右腕を布団から出そうとしたその瞬間、パンパンと手を叩く音とともに第三者の声が響く。
ハッとして見れば、呆れたように二人を眺めているグラディウスが、部屋の入口で突っ立っていた。
「リプカちゃん、カルトはこれでも怪我人なんだよ。休んでいるとこ邪魔しちゃダメでしょ」
「で、でも、グラン!」
「カルトも。お前、怪我してんだからゆっくり休めって言ったよな。どうせ明日も、オレ達と一緒にローニャちゃん達を捜しに行くつもりなんだろ?」
「違う。リプカが勝手に入って来たんだ」
「はあ? 入って良いって言ったのはカルトじゃない!」
「はーい、騒がない、騒がない。ほら、リプカちゃん行くよー」
ここは強制撤収しなければならないと悟ったのだろう。
グラディウスはリプカの手を掴むと、ぎゃあぎゃあと文句を連ねる彼女を引き摺りながら出口へと向かう。
そして部屋から出る前で一度立ち止まると、グラディウスはカルトを振り返った。
「おやすみ、カルト。また明日」
「……おやすみ」
カルトから返事が返ってきたのを確認してから、グラディウスは今度こそリプカを連れて部屋を後にする。
そして扉を閉めると、その視線をリプカへと向けた。
「ちょっと、グラン、私、まだカルトと話が……」
話がしたかったのに。
しかしその文句は、最後までは続かなかった。
グランが自分の唇に人差し指を当てる事によって、彼女の言葉を遮ったからである。
「?」
不思議そうに彼を見上げれば、グラディウスは手招きで彼女を呼び寄せる。
付いて行った先は、いつもの仕事場、ギルドのロビー。
電気が付いていないだけで剣呑な雰囲気を醸し出しているのは、気のせいだろうか。
とにかく電気も付いていないその部屋に入ると、グラディウスは備え付けの椅子にドカッと腰を下ろした。
「リプカちゃんが言いたい事は、オレも分かっている」
「え?」
リプカがその部屋に入って来たところで、グラディウスが口を開く。
月明かりだけを頼りにグラディウスへと歩み寄れば、彼は椅子に腰を下ろしたまま言葉を続けた。
「ローニャちゃん達の件、カルトが絡んでいると疑っているんだろ? オレも疑っている」
「!」
その言葉にリプカは目を見開く。
だって優しいグラディウスが、まさか仲間であるカルトを疑っているとは思わなかったからだ。
もし疑ったとしても、そんな事はないとすぐに否定するのが、グラディウスという人物像だと思っていたのに。
それなのにまさか、自分と同じように、彼もまた仲間であるカルトを疑っていただなんて。
「う、疑っているって……?」
「ローニャちゃんとカルディアちゃんを襲ったのはカルトじゃないかと、オレも思っている。リプカちゃんもそうなんだろ?」
「そう、だけど……。えっと、ごめん、まさかグランが仲間を疑うなんて思わなかったから、ちょっと混乱している」
「そっか。でも、実際オレもカルトが怪しいと思っている。最近のアイツの行動、不審すぎたからな。サイドくらいだろ、カルトの事信じて疑わないのは。まあ、アイツの場合、疑ったとしても、そんな事ないってすぐに否定するんだろうけどな」
「そうだね、サイドは優しいもんね。でもそれは、グランも同じだと思っていた」
「なるほどな。それで、オレ達には何の相談もしないで、単独でカルトのところに乗り込んだってわけか」
「別に乗り込んだつもりはないわ。ただ話をしに行っただけよ」
「まあ、リプカちゃんはそうかもしれないけど。でも、カルトは襲う気満々だったかもしれないね」
「そう、かもしれないけど……でも……」
キュッと、拳を握り締める。
確かに逆上したカルトに、襲われる危険性はあった。
だから細心の注意は払っていたつもりだった。
何かあった時は自分の力で対処する、そのつもりだった。
そうまでしてでも、カルトと話がしたかったのだ、二人で。
これ以上カルトに罪を作らせないため、そしてこれ以上仲間に危害を加えられる前に。
だからリプカは動いた。多少の危険など顧みず、これ以上仲間に手を出させないために。
「だって止めたかったんだもの、カルトを。あの人がこれ以上仲間に手を掛けるのも、グランやサイドまでもがいなくなってしまうのも嫌だった」
嘘偽りなく、その気持ちを正直に口にする。
するとグラディウスは、困ったように溜め息を吐いた。
「そっか。まあ、そうだろうな。うん、リプカちゃんの気持ちは分かるよ。だってそれは、オレも一緒だからね」
その言葉にリプカはハッとする。
見れば、真摯なグラディウスの瞳と視線が交わった。
「オレもカルトは止めたいと思っている。カルトが仲間に手を上げるのも、リプカちゃんやサイドがいなくなってしまうのも、オレは嫌だ」
「……」
スッと、椅子から立ち上がる。
そしてリプカを上から見下ろすと、彼は更に言葉を続けた。
「明日、アイツは更に動き出すだろう。狙うのは当然、オレか、リプカちゃん、そしてサイドだ。アイツが誰を狙うつもりでいるのかは分からない。けど、もし可能であれば、オレは敢えてアイツに狙われてみようと思う」
「はあ!?」
その一言に、リプカの瞳が同様に揺れる。
だってそうだろう。グラディウスは今、自ら進んで標的になると公言したのだから。
「何言っているの、グラン! 自分から捕まりに行くだなんて。そんなの聞いて、はいそうですかって、送り出せるわけないでしょ!」
「そう? でも今のリプカちゃんの行動も、それと同じだったんじゃないかな?」
「っ、わ、私は別に捕まりに行ったつもりはないもの」
「でもカルトは、一人のこのこやって来た標的を捕まえるつもりでいたかもしれないよ」
「……」
反論しようにも言葉が見付からず、リプカはキュッと唇を一文字に結ぶ。
そんな彼女に苦笑を浮かべると、グラディウスはポンと彼女の頭を撫でた。
「まあ、明日はオレに任せておいてよ。オレも捕まりに行くつもりはないんだからさ。それに、こういうのは男の仕事だろ? 大丈夫、ちゃんと説得して、ローニャちゃんもカルディアちゃんも連れて帰って来るからさ!」
「グラン……」
親指で自身を示し、ニカッと笑って見せるグラディウス。
そんな彼の愛称を口にすると、リプカは不安そうに表情を歪めた。
「それ、死亡フラグ……」
「止めて! そういう事言うの! マジで止めて!」
自らが立ててしまったフラグに、グラディウスは引き攣った悲鳴を上げる。
そしてコホンと咳払いをすると、それならばと口を開いた。
「じゃ、じゃあ、明日はオレかリプカちゃんが、カルトと行動を共にする。もしカルトがサイドを狙って来たら二人で止める。オレかリプカちゃんを狙って来たら大人しく従う。で、カルトを止める。うん、それがいい、それでいこう」
オレ、ジンクスには弱いんだと付け加えたグラディウスは、先程とは正反対に、何とも頼りなさそうに見えた。