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第11話 憑き物

 夕方から夜へと変わる頃。カランと音を立ててギルドの扉が開く。

 こんな時間だ。ギルドの営業時間はもう終わっている。
 だとすると、入って来たのは客ではない。
 おそらくはこのギルドで働いている者だろう。

 そしてその予想は、どうやら正解だったらしい。
 リプカが顔を上げれば、そこには朝泣きながらギルドを飛び出して行った、カルトの姿があった。

「おかえり、カルト」
「リプカ? まだいたの?」
「戻って来た時、誰もいなかったら可哀相かと思って。どうせ日誌纏めなきゃいけなかったから、ついでにカルトの事も待っていた」
「そうか」

 もう誰もいないと思って帰って来たのだろう。
 その予想に反してまだ残っていたリプカに目を丸くしたカルトは、彼女の残業理由に一言だけ返して瞳を伏せる。

 見たところ、彼に目立った外傷はない。
 砂や泥で顔や服が汚れているのが目に入ったが、D地点で暴れて来たのだ。それくらいの汚れがあってもおかしくはない。

 とにかく彼に怪我がない事に小さく安堵の息を吐くと、リプカは纏めていた日誌に再び視線を落とした。

「他のみんなは?」
「帰ったよ。カルディアはまだ戻って来ていないけど、少し遅くなるって言っていたから。だから私もこれが終わったら帰るわ」
「そう……」

 カリカリと、リプカがペンを走らせる音だけがその場に響く。

 どれくらいそうしていた事だろうか。
 程なくしてカルトが動いたかと思えば、彼は近くの椅子を引き、受付台を挟んでリプカの斜め前に、横を向いて座った。

「帰らないの?」
「……あのさ、」

 これまで何も話そうとしなかったのに。どういった心境の変化だろうか。

 とにかくそう切り出すと、カルトは言いにくそうに言葉を続けた。

「キミは知っている? 精霊憑きの話」
「……」

 と、リプカが走らせていたペンの音が止まる。
 そして顔を上げると、彼女はムッとしたように彼を睨み付けた。

「知らないわけないでしょ。みんな知っているわ。呪われし者、災厄の精霊憑きの話はね」

 そう、知らない者はいない呪われし者、災厄の精霊憑きの話。

 この世界には、八つの精霊がいると言われている。
 しかし精霊とは言っても、この世界の人間は、その精霊達を快く思ってはいない。

 火の精霊は荒れ狂う炎を更に燃え広がらせ、水の精霊は大洪水を生み、水害を呼ぶとされている。
 風の精霊は竜巻を呼び、風害を呼び寄せ、地の精霊は大地震にて街を壊滅させる。
 雷の精霊はそのまま街に雷を落とし、氷の精霊は太陽を退け、ブリザードにて人間を襲う。
 そしてその精霊達の中でも一番嫌われているのが、闇の精霊であった。
 その精霊は全てを飲み込み、無へと還し、世界の終焉を呼び寄せると言われているからだ。

 しかしその精霊達の中でも、例外として人間達に好かれている精霊がいる。それが、光の精霊である。
 その精霊が生み出す光は人々を照らし、希望や幸福を招くとされている。
 災厄を呼ぶ他の精霊達とは違い、光の精霊は唯一人々に愛され、歓迎し、崇められているのだ。

 しかし、精霊を嫌う人間とは違い、精霊は人間を愛している。
 だからこそ、精霊は気に入った人間に取り憑く習性がある。
 それ故に、人間には精霊と同じ数、八人の精霊憑きと呼ばれる者が誕生してしまうのだ。

 当然、精霊憑きの人間は、他の人間に忌み嫌われる。
 精霊憑きの人間が傍にいると災厄が呼び寄せられ、不幸になると考えられているからだ。

 だから人々は精霊憑きの人間を排除しようとする。
 石をぶつけるなどの低レベルな行為はまだいい方で、酷くなると街から追い出したり、更には殺してしまったという事例もあるくらいなのだ。

 そんな誰もが知っているような話を持ち出して、一体何だと言うのだろう。彼は一体何が言いたいのだろうか。

 あまり聞きたくない話に訝しげに眉を顰めれば、話を切り出した等の本人は、リプカに視線を向ける事なく、どこか遠くを見つめていた。

「突然何? それがどうしたの?」
「……」

 忌み嫌われている者の話だ。リプカとて、それに対しての嫌悪感は人並みにあるのだろう。
 あからさまに嫌そうな表情をする彼女に躊躇いはしたものの、それでもカルトは恐る恐る口を開いた。

「もしもの話なんだけど。その精霊憑きが、オレ達の中にいるとしたらどうする?」
「え……?」

 災厄を呼ぶという精霊憑き。
 その忌み嫌われし者が自分達ギルドメンバーの中にいたら?

 あまりにも唐突過ぎるその話にポカンとしていたリプカであったが、程なくして、彼女もまた恐る恐るその口を開いた。

「……何で、そんな事聞くの?」
「だから、もしもの話だよ。もし、この中に精霊憑きがいたとしたら、リプカはその人のをここから追い出す? それとも殺……」
「変な事聞かないで!」
「っ!」

 話を遮って声を荒げるリプカに、カルトは驚いて視線を彼女へと移す。
 見れば、そこには瞳を伏せ、僅かに体を震わせているリプカの姿があった。

「この中に精霊憑きがいる? いるわけないでしょ、そんな人!」
「ご、ごめん、リプカ。でももしもの話で……」
「もしもも何もないわよ! だって幼い頃からずっとこの街に住んでいて、そんな災厄と呼ばれる事なんて一度も起きた事なんかないじゃない! だから、精霊憑きなんていない! いるわけがないわよ!」
「……」
「……ごめん、帰る」

 一言そう言い残すと、リプカは書いていた日誌を閉じ、逃げるようにしてギルドから走り去って行った。

「……」

 バタンと乱暴に扉が閉じられれば、カルトは悲しく揺れる瞳をギュッと閉じる。

 そして握り締めた拳をその感情のまま受付台に叩き付けた。

「何でだよ……何でそんな事言うんだよッ!」

 関係ないよ。例え精霊憑きでも私達仲間でしょ。そんな分かり切った事聞かないで。

 呆れた表情を浮かべながら、彼女ならそう言ってくれると信じていた。

 それなのに彼女から返ってきたのは、明らかな拒絶。
 精霊憑きなんて認めない、話さえ聞きたくないという嫌悪の表われ。

「な、これで分かっただろ? オレ達精霊憑きは、一般人とは相容れない存在なんだ」

 カランと小さな音を立てて、一人の男がギルドに入って来る。

 女性でも羨む程美しい黒の長髪に、黒水晶のような釣り上がった瞳。黒のコートに、アンダーシャツやパンツもこれまた黒。
 そんな、全身を黒で染めた同年齢くらいの男が、カルトの後ろで薄ら笑いを浮かべて立っていた。

「でも彼女を恨んじゃいけない。だって彼女の反応は、世間一般の人と同じ反応なんだから。だからオレ達と分かり合おうなんざ思っちゃいけない、関わろうと思わないのが一番だ」
「……」
「それでも怒りや苛立ちを感じるのであれば、殺せば良い。頭を垂れ、泣きながら謝らせた後に殺してやれば気が晴れる。それを繰り返してこの世の中を変えてやるのさ。オレ達が住みやすい世界へとね」

 歌うように理想を語りながら、男はショックで俯くカルトへと、ゆっくりと歩み寄る。

 そして男は絶望する彼の肩に、優しく触れた。

「お前もオレ達に協力してくれるだろ。新氷の精霊憑き君?」

 信じていた少女に裏切られた彼の瞳から、一筋の雫が流れる。

――それは、決別の涙。二人の想いの擦れ違いが、この街に災厄を呼ぶ。

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