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第12話 疑惑

 ムナールはご機嫌だった。
 罰として積み上げられた書類はもう存在しない。全て処理をしたからだ。

 そう、もう邪魔者はいないのだ。その上定時も過ぎている。
 このまま帰って、遅ればせながらのアフターファイブを過ごしたところで、誰も文句は言わないだろう。

 そう、例え久しぶりに会う恋人との、超絶ベリーハートの激甘な時間を過ごそうとも!

「久しぶりー、リンちゃん。え、この前会ったばっかりだって? それは会ったばっかりなんて言わないんだよー。それよりもさ、今日久しぶりに会えないかな? 僕もようやく押し付けられた仕事が終わってさあ……」

 デレデレと表情と声を緩ませながら、ムナールは電話の向こうの恋人と、デートの約束を取り付ける。

 しかし、彼の幸せな時間はそう長くは続かなかった。

 バタバタとこちらへと向かって来る足音が聞えたかと思えば、バタンと蹴破られる勢いで、その部屋の扉が開け放たれたからである。

「ムムムムムナールーッ!」
「ごめん、リンちゃん。リプカちゃんがまた面倒事背負って来たから。また今度連絡するね」

 ガチャンと、虚しい音を立ててムナールは受話器を置く。

 それと同時に、飛び込んで来た面倒事が、勢いよく彼に飛び付いた。

「どうしよう、ムナール!」
「うん、今日は何をやらかしたんだい?」

 リプカが何かしたのを前提として話すムナールは、よくよく考えれば大変失礼である。
 が、そんな彼の失礼な態度に一々突っ込んでいられる余裕など、今のリプカにはない。

 リプカはムナールに抱き着いたまま、涙ながらに訴えた。

「私が精霊憑きだって、カルトにバレたかもしれない!」
「本当に何したんだよ、キミは」

 一大事件を背負って飛び込んで来たリプカに、ムナールは呆れたように溜め息を吐く。コイツ、マジで面倒な事背負って来やがった。

「何もしてないよ! 何もしてないのに、カルトが突然、もしも私達の中に精霊憑きがいたらどうするって聞いて来たのよ! ど、どうしようどうしようっ、何でバレちゃったんだろうっ!」
「どうもこうも、キミが何かしたんだろ? キミの事だから、無意識にキミが何かしたに決まっているよ」
「酷いよ、ムナール! 私、みんなに嫌われたくないし、街から追い出されたり、殺されたくないもの! 小さい頃からバレないように最大限の注意は払っているわよ!」
「はあ? 最大限の注意? よく言うよ。幼い頃、転んで木の枝に服引っ掛けて、僕やレイラの目の前で、精霊憑きの証である左肩の刻印を見せたのどこの誰だい?」
「し、仕方ないでしょ、だってまだ幼かったし! それに、あれは事故だったじゃない! まさか枝に引っ掛かって服が破けて、左肩の刻印を曝すハメになるとは思わなかったもの!」
「いくら事故って言っても、注意力が散漫すぎるよ。それに、幼いって言っても九歳だろ。そのくらいの年の子なら、その刻印がどんなに危険なモノか分かっているハズだろ。もう少し注意して生きていても良いと思うよ」
「仕方ないでしょー、だって幼い頃の私って、おっちょこちょいだったんだから!」
「は、過去形? 何でそれ、過去形で言ってんの?」
「うあーっ、ムナールの意地悪ー!」

 床に突っ伏して泣き始めたリプカに、ムナールはもう一度溜め息を吐く。

 しかしリプカの話を聞く限り、彼女が精霊憑きである事が、カルトに完全にバレたとは考えにくい。
 災厄を呼ぶとされ、世間一般的には忌み嫌われている精霊憑きだ。
 もし完全にバレていたとしたら、カルトはリプカに襲い掛かり、無理矢理にでも左肩を曝け出させて刻印の有無を確認するだろう。
 そして今までとは掌を返したように冷たくなり、他の仲間と協力して、リプカを追い出すか殺すかするハズなのだ。

 職業上、一般人のその感覚は、ムナールには正直よく分からない。
 でもそれ程までに精霊憑きは嫌われていると、そう教えられてきたのだ。

 だからリプカが精霊憑きだとバレた場合、カルトはそれ程までに豹変すると考えても、大袈裟な事ではないだろう。

(だとすると、ちょっと疑っているだけ? いやいや、精霊憑きは、みんな左腕に刻印があるんだ。疑っているのなら、探りを入れるような事はせずに、左肩を見せろくらい言うだろう)

 ならば何故カルトは、リプカに精霊憑きの話を持ち出したのだろう。
 付き合いが長い事から情が湧き、確信を持てない内は強硬手段に出る事が出来ず、ひっそりと探りを入れているのだろうか。

 いや、精霊憑きとあらば、実の子供でも捨てたり殺したりしてしまう世の中だ。
 情が湧いたとは言え、精霊憑きの疑いがある者に対してそんな生半可な態度は取らないだろう。

 と、なると……。
 駄目だ、彼の意図がさっぱり分からない。

「それでリプカちゃん。キミはカルト君に何て言って来たの?」
「え? そりゃ、小さい頃からずっと一緒にいて、それで災厄に遭った事がないんだから、私達の中に精霊憑きなんているわけないって言って出て来たわよ」
「なるほど、妥当な回答だね。良かった、安心したよ」
「何よ? ムナールは私が何て言って出て来たと思っていたの?」
「物凄い勢いで否定して、挙動不審になりながら、不自然な動作で逃げて来たと思っていたよ」
「……」

 その言葉に、先程の自分の行動を思い出す。

 物凄い勢いで否定した覚えはないが……。
 でも挙動不審になりながら、不自然な動作で、逃げて来た、ような気がする。

「なるほど。物凄い勢いで否定はしなかったけど、挙動不審になりながら、不自然な動作で、逃げて来たんだね。うん、そんな事だろうと思ったよ」
「……」

 しかも何も言っていないのに、何故かバレた。ムナール怖い。

「とにかくリプカちゃん、これ以上ボロは出さないように気を付けて。キミの場合、最初に精霊憑きだってバレたのが、精霊憑きの保護団体であるお父さんの子供である僕だったから良かったんだからね。それが僕ら以外の人にバレていたら、キミ、今頃はこの世に存在していなかったかもしれないんだからね」
「う、うん……」
「とにかく、明日カルト君に会ったら、『昨日は取り乱しちゃってごめんね☆』くらい言うんだよ。『精霊憑きなんて不吉な話されたから、ビックリしちゃったんだ、あはは☆』とかね。いい? 分かった?」
「うん……」
「返事が小さい!」
「は、はい、分かりました!」
「まったく、キミは突然何かやらかすから大変だよ。キミが何かする分には構わないけれど、それで巻き込まれたり、グチグチ愚痴を聞かされるのは僕なんだから。キミ、今いくつ? 十八だっけ? もう子供じゃないんだから、もっと責任を持った行動をするように心がけて欲しいよ」
「ご、ごめんなさい……」
「だいたい、キミは……」

 面倒事を持って来た上に、恋人との逢瀬を邪魔されたせいだろう。
 その後、リプカはムナールの小言に数時間付き合わされるハメになった。

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