暗 影.5
法具で築いた空間の仕上がりになっとくすると、セレグレーシュは、リュックから円盤状の物体をとりだした。
《
防御法印を築く前、
それに光をはぐくみ放射する《
どれも法印を
現役の
雨天でも問題なく使えるし、
火や燃料がなくても煮炊きでき、明かりを
《
一、主に法印を築く基礎として使われるもの。
二、それぞれに有効な方向性や容量、特質をそなえていて術者の作業を補助するもの。
そして
いまセレグレーシュが手にしている熱を育む
発現の性質・
結界……《防御法印》の一系である《
彼の右手の中指にはまっている指輪――家の敷地を出ると無色透明に変化し、実体を
二番目と三番目で、心力の配分調整、流れの
法印活用を目的とするものであるだけに、心力に恵まれない者にとっては、ほとんどが使いこなせない
ガラクタなのだが……。
この種類の道具には、一般に買える手ごろな値段で流通する生活に即した小物もあり、強い心力を備えた人間を検出する手がかり・
ちなみに、セレグレーシュがあとから持ちだした三種セットの鍋は、ありがちな合金製の備品で法具ではない。
〔てきとーにあさって、食べてていいよ〕
〔野宿する気なの?〕
セレグレーシュは、すっと一度まばたきすると、冷めた表情で言葉を返した。
〔言ったろ? あの街で足を止めないと野宿することになるって。道程しだいでは、どうしたってそうなるけど。地図、持ってる?〕
〔あるわ〕
〔さっきの街はリーデン・シュルト。《家》からみれば、ほぼ南南東(にある)〕
女
ひきだされた
一次考査を念頭に初期段階から生徒に配布される教材のひとつで、ちょっと使える情報が砂粒のような文字で
一定以上の心力を備えた者がそれぞれの定式にあわせて手を加えれば、拡大表示されたり立体展開されたりもする。
さらに他の法具を連動させれば、現在位置を割りだすことも可能になる利器だ。
その人が地理にうといと見て貸し出されたのだろう――むろん、彼も所持している。
単独では効果的に使えなくても心力を備えた者に付きそうのだから必要な時には活かせるし、心力をもちいなくても参考程度の情報は得られる。
ちなみにストラップの様式で附属している
セレグレーシュは地図を広げて立っている連れのかたわら、
とくに心力を貸し出したりしてはいないので、女
〔次の宿場までは、人の足で半日くらいの距離がある。一定でもないけど、スカウオレジャへ行くなら、ちょくちょくあることだ。あんな時刻に街を出たんじゃ途中で必ず日がおちる。真夜中の客は――…〕
女
〔急がなければ着かないなら、どうして急がなかったの?〕
〔急いでいるの?〕
〔くたびれるほど急ぐ必要はないけれど、時間がもったいないわ。ちゃんとしたところで休みたいし……布団がないじゃない。だいたい、洗髪や
セレグレーシュの視界には、銀色の光沢をはなつ合金の鍋がある。
それは発熱板の作用と熱をうけて、わずかに
純度の高い
〔じゃぁ手綱、さばいてみるか?〕
〔手綱?〕
〔乗馬。兆戦してみる? またがって乗ってくれたほうが安定する〕
〔どうして? これは、
〔試験は
女
〔あなたが
〔……。
〔
(どこまでも常識がないんだな)
セレグレーシュの瞳に、投げやりな色が浮かんだ。
馬の背にまたがることもなく横座りされたのでは、どう連れ歩こうと危険なのだ。
不安定な荷を馬が嫌がるし、鞍が横乗り様式でもないので乗り手の腰にも過度な負担がかかる。ちょっとしたひょうしに落馬する恐れもある。
彼女は闇人だから、それくらい対処できたりするのかもしれないが……。
その気もなく、いっそ、
(ふつうに食べてるけど、ハミって食事するとき邪魔にならないのかな? まぁ、法具だしな…。講師は負担にならないとか言ってたけど……)
もぐもぐと野草を食んでいる二頭を視界に、なんとなく思案する。
〔夜ふけの客は嫌われる。予約してたり、
なにげなしにあれやこれや意識して気を散らしながらも、セレグレーシュは、いま、ぱっと思いつくかぎりの事情を
〔馬をせっついて、たどり着いても、宿屋の主人の方針と情けと機嫌次第。外で寝る覚悟は、しておかなきゃならない。馬を疲れさせるだけ
〔知りあいはいないけれど、これがあるわ〕
女
繊細そうな鎖に吊られて現れたのは、背中あわせの鳥をかたどった白っぽいペンダントトップだ。
ピンク色の玉石を中央に、なかばひらいた白い翼をわずかに持ちあげて
瞳は水色。
くちばしは朱色。
風きり羽根には薄紅のラインがはいり、足は省略されているのか、たたまれているのか不明で、ちょっと
鉱物によるものと予測されるのに接合部がそれではありえないほど自然にとけあっていて、ガラスや陶器、エナメルペイントの工芸品のようにも見える。
すぐにも闇に閉ざされようかという時間帯だ。
木立のすき間からのぞく空に青さがのこってはいても、森林下にあって、かたわらの固定具にのっている球体が放つ光だけでは細部はもちろんのこと。とっさには、なんの石が使われているのか特定まではできなかった。
片手でにぎっておさまるほどのサイズだが、それだけに高い技術が感じられる高価そうな細工である。
とくに興味を示さなかったセレグレーシュの視線が、否定的な光を宿して伏せられる。
〔それ。《家》の任務証明だろう。《
忠告もなかば。彼は野菜がぐつぐついいだしている
〔なじむまで少しかかるから、こっち食べてなよ〕
包みをひとつ、彼女に手渡す。
しばし不満そうに渡されたものを見つめていた女
あらわれたのは、いくらか固めに焼かれた
〔あじけないわ〕
〔よく噛めば味も出てくるよ。これ、つまむか?〕
セレグレーシュが小脇にあるハムとチーズ。それに
〔いらない〕
〔マスタードつければ悪くない〕
〔マスタードは嫌い〕
しかたなさそうにパンをかじっていた彼女は、さほどなくセレグレーシュがさしだした器をうけとり
食べかけのパンは放置し、数刻まえには美味しそうに口にしていたフルーツタルトを気がすすまなそうに
〔次の街で
〔そうね。わたし、ジャムなら青色をしたのがいいわ〕
無意識に肩を上下させたセレグレーシュは自分用によそったスープを口のあたりまで持ちあげた。
青い色彩のジャムは、そうそうあるものではない。
それと聞きとめた彼が初めに連想したのは、青い花びらを特定のワインと蜜で漬けこみ加熱濃縮された、それなりに高価などこぞ(シャミール王国)の特産品なので論外としても……。
ジャムとしてありがちなのは、赤系やオレンジ、黄色・クリーム系だ。
青という表現を拡大解釈して黄緑から紫に範囲を広げればどうにかなりそうだが、それも時期によってはまったく手に入らない。
季候や季節、製造者の発想・
栽培品目や加工方法――…設備・保存手段にもよるが、次の宿場で適当なものが手に入るかどうかも怪しいところだ。
旅行中などは特に、あつかい・密封が確かじゃないと虫に
手に入りにくいものを求めて捜しまわるのもいいが、いまはそういった目的で動いているわけではない。
〔あなたは食べないの?〕
〔昼が遅かったから、そんなに
〔これがあるから平気よ〕
女
〔法具店なら必要なものをそろえてもらえるんでしょう? お金もって聞いたわ〕
〔使いきる気かよ〕
〔なくなった時の話じゃないの?〕
〔店の位置、
さすがに不安になったのか――女
〔法具店の場所が
〔手を加えればリストアップできるけど、登録されてるのは主だったところだけだ。
だいたい、試験中にむやみに
〔《家》を中心にひろがる、この曲がった黄色い線はなに? ぐにゃぐにゃしてて、ところどころ消えてる……――距離?〕
〔徒歩・三日の平均目安。
個人の移動の速さにもよるし、
――拡大すれば、一日単位の白いラインも浮かびあがる。
とぎれてるところは、とる行動や
どれも《家》を中心にした目安だ。少しでも
……
〔青いラインは?〕
〔
連れがなげる疑問に答えながらセレグレーシュは、不可解な思いをかかえていた。
特権階級のお金の使い方など知らないが、王侯貴族のふところ役でも金貨や《銀の
地域や目的。取引相手、個々の事情によるとしても、法貨はほぼ変質や酸化、変形が起きないこともあって、一般の貨幣より二割から七割増し
ひと月ふた月の旅行であれば、その価値・純度・素材を疑われたり、ケチをつけられ無視されたりして正当に評価されない場合、それにこまごまとしたトラブルが生じることを想定しようと、銀貨が三枚もあればじゅうぶんなのだ(連れの
文化慣れしてない女性が審査役に
運営側の考えが見えてこなくて読み切れもしない…――こういった種類の問題は、考えはじめればきりがないが……。
(馬も一般人の旅には過ぎる立派なものだし、わざと荷物になる人材もってきたってことは……――あり、なのかな?)
彼女が
いずれにせよ
お金を所持したこともなさそうな彼女のことだ。そのへんの事情を正確に認識していないだけなのかもしれない。
セレグレーシュが彼女を見てうける印象……その
この遠征は試験なので、そんな流れもありえないものではないのだ。
〔君……家から頼まれて審査官になったの?〕
〔あなたはそんな事、知らなくていいのよ〕
探りを入れてみたところに返ってきたのは、上の立場からくだされる有無を言わさぬ解答拒否だ。
〔まずは手持ちの資金でやりくりすることを考えたら? それ以上に求めると君の借金になるかもしれないよ〕