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月流し.4


 背後には旅立ちを前に、借りものの馬の手綱を手にしたふたりの姿がある。

 家に戻ろうとしていたカフルレイリは、その行程も(なか)ば。自分の方へ向かってくる若者に気づくと、進路をそちらへ微調整(びちょうせい)した。
 ()けてきたのは、黄褐色の髪をした()せ型の青年で……。
 端正(たんせい)なおもてに輝く青い瞳は、胸中の懸念(けねん)そのままに、くもっていた。

「――講師。彼女が彼の審査に?」

「ぁあ、イーヴ。元気にやってるか? あれは、御本人の希望でな」

「彼女の……」

「ん、そう聞いている。補佐が入る話もあったが、あの女性(彼女)がうんと言わなくてな。あの彼は、稜威祇(いつぎ)ウケするようだな。(うらや)ましいことだ。あの年代は層が薄いから、いい傾向だと思うことにしよう。イーヴ……おまえもそろそろ戻らないか?」

「いえ。ぼくは……」

「そうか」

 カフルレイリは、ひとつ嘆息(たんそく)すると、北方の空に視線を投げた。

「もう、半年近くなるか――。あの娘のような者を減らすためにも、(しず)めが必要だろうに」

 講師の(さと)しを視界に。どこか(かたく)なさを感じさせる表情を見せていたアントイーヴが話を()し返す。

「講師。試験は、どこで行われるのです?」

「それを知っているのは、先導師(老師)陣と試験関係者――査定に入る審査官だけだ。そんなことは、おまえも承知しているだろう」

 アントイーヴは、相手の言葉も終わらぬうちから視線を転じ、離れていく馬影へ意識をはせた。
 いちおう話に耳をかたむけてはいても、心ここにあらず……といったようすだ。

「…ロバじゃないんですね……」

「あぁ。あの女人の希望でな……。ヤクやポニーを出す案もあったが、動物(それ)で距離をかせぐなら、いっそ(・・・)と」

「《家》にみすぼらしいポニーもいないし、彼女に選ばせるのなら、おなじことです。起用条件として、無難なロバ(個体)で押し切ろうと思えば出来たはず…――公共的な手段も使えたはずで……審査官が彼女じゃなくても試験は執行されたでしょう」

「うん。まぁ、そうなんだが……。…――(妙齢(みょうれい)稜威祇(お嬢さん)が同行するんだ。乗合馬車という選択肢は無いぞ。トラブルのもとだ。百歩退()いてゆずって《転移法印》のことを言ってるのだとしても、あれは稜威祇(いつぎ)には使えない(毒だ)。行ける場所も限られている)」

「老馬ならまだしも二頭も……」

「急な変更だったからな。彼のほうはいくらか旅慣れしているようだから、それもある種の(こころ)みとしたのだろう。多少まわり道をしても、遅れを挽回(ばんかい)できる」

(ため)すにしても、横着(おうちゃく)が過ぎませんか?」

苛立(いらだ)っているな。わざわざ出て来るんだから、気になることがあるんだろうが……」

「…。そうですね……」

「それは気がかりだ。話してみろ」

「お(ことわ)りします。そのへんのとり巻きが(うるさ)いので、むしろ弊害(へいがい)です」

「言ってくれるな」

「背景さえなければ使えそうなので、利用できないのが残念です……」

 🌐🌐🌐

〔先導してくれる? 馬をあつかったことはないの〕

 桜色の唇からこぼれた声は、楚々(そそ)と闇人の言葉をつむいだ。

 青い外套をはおったその人は、すでに(また)がるタイプの馬の(くら)に横乗りしている。

〔どっちへゆくの?〕

〔南東。スカウオレジャよ〕

 もしかしなくても、行き先を暴露(ばくろ)しているのではないだろうか?
 
 思ったセレグレーシュだが、あえて聞き返すことはしなかった。

〔わかった〕

 現地に到着するまでは、予行練習のようなもので……。
 帰還するための行程を目で探るのはいいが、口や耳で試験の情報を収集してはいけないことになっている。

 開始前の違反行動が減点の対象になるかは、審査官の心ひとつらしく、
 「あの師範がつくと、現地に着く前からいちいち減点されて、マイナスから始まるからつらい」とか、「あの人は、ゆるいようでも油断大敵」だとか、誰が寛容(かんよう)とかいう、先人の経験からくる流言(るげん)注意喚起(ちゅういかんき)の言葉をちらほら耳にした。

 いずれにせよ審査役は、あっちへ行く、こっちへ……と、抽象(ちゅうしょう)的にぼかして、あたえる情報を極力セーブするものらしい。

 通過過程(つうかかてい)だとしても、方角や街の名を耳にすると思わなかったセレグレーシュである。

(なんだか、(ラク)そう…)

 女性――それも闇人とふたり。

 ほかに同行者もなく試験に(いど)むのだと知って、とまどいもおぼえたが……。

 口が軽く動いた審査官を左となりに。はじまる前から肩の荷がおりた気にもなる。

〔じゃあ、森をぬけて南の道に出るよ?〕

〔最終的に着くのなら、どうでもいいわ〕

(もしかして、今から試されてる? まさか、この人が腕試(うでだめ)しの――…? ……いや。そうだとしても、(ため)す人間に合わせた(さじ)加減はあるはずだよな……)

 気のない返答の裏を憶測(おくそく)したセレグレーシュは、どうにもすっきりしない思いを抱えながら、試験が開始される現地へ向けて(かじ)をきった。



 ▽▽ 予 告 ▽▽

 次回、第五章【暗影~あんえい~】に入ります。

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