季節はずれの花.5
なにより
カウンターの
近くに法具店もなく、たどりつくのに
どこか
なんとなく作業を眺めながら待ちの体制にはいろうとしたセレグレーシュだったが、ふと思いつきで口をひらいた。
「適性考査で、腕試しの
「さぁ……そうね。あちらに聞いてみたら? 経験者だから」
女性店員は、カウンター内の一角で数種類の沙と香油のようなものを配合している青年をそれとなく示すと、奥の仕切りのむこうに消えた。
やりとりが聞こえていたのだろう。
大小、形も素材も違う
「…――
《月流し》に……ってことでもない」
セレグレーシュの方へ、ちらと目を向けるともなく。
その青年は聡明そうな整いのおもてに、ちょっぴり遠慮がちな微笑を浮べた。
それでいながら発する言葉に
いまは椅子に腰かけているので程度はわからないが、
瞳孔が黒いので、瞳の中央が群青であることを特徴とする《
それでも器用な動作をみせるその手は、店員につきものの白手袋に包まれている。
「ふつうは本人の器量しだいで何事もなく終るよ」
(……なら、自信あるんだけどな)
セレグレーシュは、疑念をふりきれぬままに嘆息した。
幼いながらに南下しつつ西へ……さらには、この家を目指して北西へと…——三年近い放浪経験がある彼は、単独時の対処能力を観るというその課題をあまり問題にしていなかった。
落ちても
絶対ではなく〝改善の見込みもないような不足・
《神鎮め》を目指しているわけではなくても、まだ、この家を離れるつもりはないので
だから、そうなれるよう努力していた。
技術的なところを
気になるのは、ライオ師範がもらした挑発的な言葉である。
これと目をつけられている気がして、しかたない。
「でも君は…。気をつけた方がいいかも知れないね。そういった流れがあるのなら、どんなに気をつけようと無駄で…――場合によっては乗り越えるしかないのだろうけど……」
立ちあがり、カウンター内を移動したその青年は、調合し
セレグレーシュが漠然と、目前で行われている作業を見つめている。
「
品物のチェックシートに目を通してから
「承知してると思うけど、これは
行商人に荷物を
彼が、くるりとセレグレーシュのほうに向きなおる。
「このっくらいの
――《
(オレ、そう言われてるのか……?)
つかの
「そこで提案なんだけど…――ぼくは君のこと(を)、違う呼び方してもいいかな?
知りあいに同音違句の呼び名、発音の奴が複数いてさ。ひとりは、まったくいっしょというわけでもないんだけど、霊音省略しないと睨まれかねない。もうひとりは人間だから、まぁ、どうとでもなるんだけど……」
後に続いたどうでもいい要求と事情解説は聞き流して、言葉をかえす。
「オレ、人間なんだけど」
「地毛じゃないのかい? その色は純粋な
「オレ、あんなヤツと契約する気なんてないよ。口きいたこともないんだ」
「そう(なの)か。――それがいいかもね。その子も君が修士終えるころには、問題ないくらいに成長しているのかも知れないけど、契約する
「負担?」
「うん。子供は霊力の上限が高いように言われるけど、成長期の爆発力なのかな? そのへんも容量しだいで、必ずしも強いとは限らないわけだけど……。
いずれにせよ、安定性に欠けることが少なくないんだ。急になにもできなくなったり、暴走したりするから《鎮め》のパートナーには向かないよ。
対処法があるにはあるけど、
いざという時、適切な動きがとれないのでは危険だろう?」
(……こっち生まれの闇人によくある不安定のことかな……。なら、聞くまでもないけど…)
相手の説明をよそに、セレグレーシュは独自にそれと解釈し達観した。
彼の感覚ではそれは、ありがちな現象にして事実だ。
「駆けだしの未熟さは、お互いさまとしても……。《絆》を築くと、負傷した時、あるていど痛みや感覚を共有することになるんだけど、そのへんの要領も危ういらしいから。
――保養上限の上をゆく契約は《鎮め》の命も
でも、まあ、個体によると思うよ? 成長段階だからって、必ずしも不安定ってこともないと思うしね。
《鎮め》の仕事をするうえで、向いた能力があるかないかもわからないわけで……」
「こっちに、サインをお願い」
セレグレーシュの前に、二枚。
購入リストと貸し出しリストの記された紙面がさしだされた。
提示しているのは注文をうけ負っていた女性店員で、カウンターの内側にあるテーブルには、彼女が持ってきたひと抱えほどもある厚紙の箱が鎮座している。
「支給済みの道具に不足はある? 遠征に有用そうなところでは、
「そっちは、だいじょうぶ」
「よかった。
だから法具以外は、(家の)雑貨店に在庫がないと、たいてい(外部)取り寄せに
気軽にうけ負ってくれる運び屋もあまりいないし、その程度の事情でお金をかけるわけにもいかないから、なにかとね。
《月流し》前に、そのへんでバーベキューとかする人、いるでしょう? するのはかまわないけど、あまり物を壊さないでほしいわ」
目的は、いま法具専用の
いっしょに提示された忠告とも
「手ごろなリュックが入ってるから、よかったらそれを使ってね。
軽くなるからって、この箱ごと持っていくと笑われるわよ?
後日でいいから、箱とクロスは返却してちょうだい。リュックは
(いま、これを持って)帰る時は、抱《かか》えると前が見えなくなるから、この結びに腕を通して背負っていくといいよ?
多少ぶつけても平気だけど、注意して運んでね?」
こちらの文字を本格的に
「…――手首でも痛めてるの?」
走り書きすると、時には自分でもなにを書いたのかわからなくなって(しばし)悩むような腕前なので、彼としては、いま
胸のうちの不快を隠しきれぬまま、無言で
法印を築くには、
ゆえに、その人の疑問も、もっともなのだ。
「まって」
目的としていた物資が包まれた結びに腕をとおし、右肩にひっかけて、早々、立ち去ろうとしていたセレグレーシュを呼びとめたのは、さっきまで言葉を交わしていた青年のほうだ。
にっこり、人好きのする笑顔を見せている。
「アントイーヴだ。イーヴでいい。あらためて
「……。どうも」
たずねてなどいないのに、わざわざ呼びとめて名を告げた——セレグレーシュは、彼のその行動に、不自然なものを感じた。
(……。アントイーヴか……)
この大陸には、よほど好感をもった相手でなければ、フルでは名前を告げない習慣がある。
必要がある時と社交を目的とする場合、公的な場面などはべつとして、平素では先に耳にはいるのが省略したものや愛称になるのが
セレグレーシュが知るかぎり、このあたりはそうだったし、東へゆけば、さらに
社交的にも、すすんで名乗りはしないし、本名とは似ても似つかない
通名や愛称のつき合いをしていて、正名を告げれば、許容と信頼の
たがいの立場や状況にもよるが、当人の意思を無視した
個人の感覚や考え方、
しかし、そんな事情
相手の所業に、微量の違和感をおぼえても、そのひと自身の名前だったし、こう呼べというような省略形の指定もあった。
だからその時、セレグレーシュは、あまり気にとめなかったのだ。
(――イーヴ……。アントイーヴ…——って、確認できなかったリストのひとりじゃないか。あれは、あの時、たしか……十六歳だったから、あいつ、いま、十八かそこいらだな…――)