季節はずれの花.4
実習室を後にした彼が歩きはじめたのは、数ある建物を掛け橋のようにつないでいる屋根つきの渡り廊下だ。
使用中の建物に行きあたれば、建物の輪郭にもうけられている
そうして急ぎ足かげんに敷地の中心
色とりどりの小石を淡茶色の特殊な
道なりに斜面を下りきったところには、けっこうな規模の円形の庭が三つ。〝く〟の字状の配置で裾を重ねながら、北、西よりの中央、南に存在している。
そのうちのひとつ。半径が三一メートルほどになる
はじめに住んでいたとされる人物の名前から《リセの家》と呼ばれる建物だ。
あくまでも歴史があるというだけで、必要を見ては改装したり、立地を変え、建て直したりいるそうなので建物そのものにさほど古い印象はない。
古さをいうなら《
セレグレーシュが、いま目標としているのは、そのどちらでもなく、中央と南の円庭が交わり合一する西の
けっこうな庭園空間を
《リセの家》を軸として、苑内を西かげんの南――南南西方向へ進路をとり、道なりに行くと、入ることを
その先にある建物の前面に連なりながら、上部にはこれと渡される
境目に立ちながら油断してると
一歩、なかに入ると、吹き抜けのロビーめいた空間がある。
そこはこの先にある店の作業スペースにもなる多目的なテラスともいえるものなので、目につくあたりに必要に応じて持ちだされるしゃれたテーブルや椅子などが、ちょこちょこ、たたまれた状態で寄せ置かれている。
そうしていきつく
白っぽくくすんだその引き扉の向こうに、神鎮め御用たしの法具店(本店)が存在するのだ。
昼夜を問わず営業しているので、その片側の戸はどちらかが必ず解放されている。
両方が閉ざされることはそうあることではないので、いまも向かって右側の扉があけはなたれていた。
入口を
家の関係者であれば自由に出入りできるが、許可されていない者はその先へは進めない。
誰に
いっけん、なにもないようであっても、目には見えない障壁でも存在するのか、内部の人間の容認がないと、その内側へは踏みこめないのだ。
特殊な品をあつかうこの店舗では、見ばえよりも手いれ効率と品物どうしの相性を重視する配置がされている。
掛け軸、槌、ペーパーナイフ……。
素材が多岐にわたる
多様な形、サイズの紙面。玉石、建築模型めいた細工、におい袋…のような
いっけんには、雑貨や日用品。美術品や武具、衣料、装身具。
大剣や外套が、客の忘れもののごとく立てかけられていたり、通路の真中に、人が中に入れそうなサイズの無彩色透明な球体が、さながら柱のように天井近くまで重ねられた状態で放置されていたりもする。
整理はされていて、ちらかってもいないが、ごちゃごちゃしているという印象は、まぬがれない。
法具仕様の楽器や植物、溶媒類もあるそうだが、そういったものの多くは、ざっと見ただけでは目につかない場所に保管されているそうである。
店内では、専用の手袋をはめた人間をまばらに見かけた。
店をきりもりする法具商人だ。
その手に定番の手袋は、たいていの場合、白なのだが、他のカラーもあるようで、ごく稀に、青や黒、緑や赤、クリーム色なども見かける。
なにを基準にした色彩の起用なのかは、内部の者にたずねなければわからない業界事情。
専門や得手要項に大きく左右されがちなポジショニングだろう。
ここでは少ない時でも一〇名ほど。忙しい時期には、一〇〇名近い数の玄人店員およびその道の
法具にはそれぞれ適切なあつかい方がある。
未熟な者が、勝手に商品に触れる行為は許されていない。
さほど問題にならないところでは目こぼしもあるが……。
学生の場合は欲しいものというより、必要なものを店の人を通して買うのではなく、いただく……もしくは借りうけるのだ。
どんなものでも無制限ということはなく、過分な要求をした時には
自由に品物を手にとってみたりするのは、現役の《神鎮め》や教師陣。《法印士》。それに法具製造を
店は
セレグレーシュの足は、入り口から十五メートルほど先に配置されている天然木の長テーブルへむいた。
清算、発注を受けつける総合カウンターである。
関係者以外立ち入り禁止となっているその奥、テーブルの先には、特殊な品や在庫を管理する作業場と事務所機能を兼ねそなえた倉庫。くわえて
彼の赤ワイン色の瞳は、目的を果たすための狙い目として手近にいた若い黒髪の女性を映した。
弧を
セレグレーシュが触ったこともない品をひとつひとつ包みわけ、漆塗りの大箱に詰めている。
なにか仕掛けがあるのだろう。投入されていく品は、とうていそこにある箱に収まる量には見えなかった。
「あの……《月流し》——一次考査に入るので、必要な道具を一式ほしいんだけど」
「――考査? 確認するから正式名、教えてくれる?」
「〝セレグレーシュ〟です」
名を聞いたところでようやく手を止めた女性店員が、カウンターに来て予約や予定が記載されている目録に目を通す。
「うん。これという指示もないから基本的なところね。わざわざ足を運ばなくても当日支給されるのに、来てくれたのね」
「あ? そうなんですか? (
「生徒がひき取りにくる知らせは受けてないもの。手間が
(逆効果……)
「まあ、あの
「うん。少しなら」
「じゃ、こっちを片づけちゃう。そんなにかからないけど、ゆっくりしてて」