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季節はずれの花.3


(あいかわらずここは、《神鎮め》……《神鎮め》《神鎮め》だな……)

 講師は一定以上の知識と経験、それに資格があれば就任できるが、師範と呼ばれるものには《神鎮め》という条件がつく。

 たとえ講師資格を持たなくとも引退した《神鎮め》か休養中の《神鎮め》がそれと示される尊称だから、師範の肩書きを持つ者は大概(たいがい)稜威祇(いつぎ)よりなのだ。

 わかっていてもその言動は、セレグレーシュの(カン)を刺激した。

 そんな時、たまたま目にはいった金茶色の頭の少年——子供の稜威祇(いつぎ)をじろりと睨みつける。

 自覚も(あわ)い〝やつあたり〟というものだったが、その稜威祇(いつぎ)の笑顔はくずれなかった。

 にこにこ遠まきに笑いかけるだけで、話しかけてくることもしない。
 視線で威嚇(いかく)してもこたえる様子はなく微笑んでいる…——

 セレグレーシュは、日頃から気持ちの悪いやつだと思っていた。

 《神鎮め》になるには専属の稜威祇(いつぎ)を最低でもひとり確保し、《(きずな)》を結ぶことが必須とされている。

 稜威祇(いつぎ)をもたない法印技術者は、どんなに技に優れていようと、それ以前の段階のものと認識され、《法印士》または《法印使い》……。講師資格があれば《法印()》》とも呼ばれる。

 これという事情・理由もなく、すすんで鎮めのパートナーになろうとする稜威祇(いつぎ)は、まず居ないと思っていい。

 地に平穏をもたらす知恵者よ、と。万民に尊敬される《神鎮め》を目指すものは、その肩書きをいただくため稜威祇(いつぎ)に見こまれようと奔走(ほんそう)するもの…――らしいのだ。

 けれども、

 セレグレーシュは、そんなものに目をかけられても嬉しくはなかった。

 むしろ迷惑と受けとめている。

 微妙に緑色をおびた青白……秘色(ひそく)ともいわれる色調の髪と、赤紫っぽい赤茶……臙脂(えんじ)色に青と灰と黄の砂をちらしたような虹彩。

 彼が備えた配色の異質さ・珍しさだけなら亜人でとおるのに、通常はめったに姿をみせないともいわれる種類の存在につきまとわれたのでは、まわりの人間の好奇をひいてしかたない。

 まともに《印》の構成も築けないうちから『あれは《神鎮め》になるな…』という目で見られ、『そんなつもりはない』と本音を暴露しようものなら『なら、なんのためにここにいるのか』と白眼視されそうな環境にあっては、どう対処するのが無難なのかもわからず…――
 その原因を作ったものをはなはだ煙たく思っていた。

 それでなくとも〝亜人は法印使いに向いていない〟とかいう理由から、目立っている。

 どこから見ても人間にしか見えない両親を知っている彼としては、亜人と呼ばれるおぼえもないのに、だ。

「おまえ、色も変わってるけど、発想も変わっているんだな」

 近くにいたこげ茶色の髪の少年が声をかけてきた。

 師範のまわりにあつまっていたひとりで、セレグレーシュより二つほど年下。最近、この講習で見かけるようになった顔だ。

 基本が実力本意。
 知識と技が身につきしだい、個々が次の項目または上の段階へステップアップする形式をとっているこの学び舎は、講義で合わす顔の変動が激しいため友人つきあいが広く浅いかたちになりやすい。

 二年ほど前、字を書くことからはじめた彼。セレグレーシュの場合は古くからのなじみもなく、とくに少ない方だった。

 数学や空間認識となれば年上が多くなるが、実技講習の時は、三つ四つ年下にまざって勉強している。

 どちらかというと古参のごとく助言(行動指南)できたりするので、遅々として進まない実技の授業でいっしょになった面々に顔なじみが多くいた。

 追いこされ、とり残されるのが常だが、いま、まわりにいるのは、そんな(ともに学ぶ機会が生じた)彼らである。

「妖威ならまだわかるけど、稜威祇(いつぎ)をおいだそうなんて、ふつうは考えないぞ」

 そのこげ茶色の髪の少年とは特に親しくしているわけではなかったけれども、面と向かって意見を投げられた――
 セレグレーシュにも思うところがあったので、ここは反論しておく。

「やつらがいると妖威が産まれる。残したら意味がない」

「おまえもその対象になるだろ。むこう、行きたいのか?」

「こっちの影響、強いものは、まだ考えてない。それにオレ、これでも人間のつもりだから」

青い(そんな)髪した人間なんて、いないぞ。もしかして、ほんとは染めてるのか?」

「うー…ん。でもぉ、稜威祇(いつぎ)をひっぱりだしてきたのは人間なんだし、問題起こしたから、まとめて帰しちゃおうなんて……そんなの、勝手すぎない?」

 それまでの、いまさらどうこう言っても仕方ない指摘はさておいても。対面の奥の方にいた三つ年下の少女に痛い部分を追及されたセレグレーシュは、とっさに反論しそこねて、おし黙り、こっそり相手を見すえた。

 よく《睫毛(まつげ)》とか呼ばれて不機嫌になっている場面を見かける黒褐色の髪(ブルネット)の女子で、文字通り、平均よりかなり長めの睫毛が特徴的だ。

 むっつりと口を閉ざしている彼の耳に、外野のやりとりが飛び込んできた。

「見て見て」

「うるせぇな。しかたないから見てやるよ」

 少し離れたところで十一くらいの少年が、金沙の乱れ散る蒼い指輪を見せびらかしている。

 それは、はじめて実技の技術指導を受ける時、滞在資格を示す組み紐(ミサンガ風チェーン)と交換する形式で、生徒にひとつずつ(くば)られる手はじめの法具だ。

 所持することを強制まではされないが、個人を証明する機能を備えているので、《家》で生活する上では、持っているとなにかと便利な代物(しろもの)である。

 日々の生活費用は個別に換算されるので、それがないとこの家では食事をとるにも、講義を受けるにもいちいち手続きや個人証明(申請と受諾許可)が必要になってくる。

 組織で円滑に過ごしたければ必須のアイテムになるので、所持を認められたなら(もらったなら)使わないという手はなかった(門下生以外は、形状が指輪とも限らない)。
 もちろん。学び手として滞在を許されたセレグレーシュの右手の中指にも収まっている。

 たいていは利き手につけるものだが、逆の手でもかまわないし、どの指に装着するかも自由だ。

 身につける者の成長に応じて、サイズや金色の(すな)による模様、それに色調が変わるものだったが、セレグレーシュの指輪に変化はみられない。

 サイズは自然に指にそっても、砂がまぎれこんだように散らばって見える金沙(きんさ)模様は、とりとめが無くばらばらで、それを手にした当時のままだ。

 その変化のなさが、自分の成長の遅さを知らしめているようにも思えて、気にならないこともなく――
 つかの間、自分の指輪を意識した彼だったが、いま見つめたからといって、その現実が変わるものでもない。
 居ながらにしてその心は、まわりの会話からぬけだした。

 大昔の幾何学文化……。

 法印の原型となるその技術で闇人を召喚したのは、ヒト(こちら側の人類)だったといわれている。

 帰る(すべ)もなく、この地に留まらなければならなくなった力あるその種は、在来のものとの関わりの中に、思い思いの行動をとったので、多くの文明が滅び、または蜂起(ほうき)することとなった。

 そう遠くない過去。

 この球形の海と(おか)混迷(混迷)(きわ)めたのは、人間が、その種を招いたからなのだそうだ。

 大昔に存在した人類の諸行(しょぎょう)はそれとしても。

 だからこそ後始末を……と、わりきろうとしているセレグレーシュなのだが、自分の結論に迷いをおぼえなかったわけではない。

 勝手だといった少女の言葉ももっともで、師範の(さと)しも理解はできる。

 けれども納得することはできない。

 争いの火種となりがちでも、すべてがそうということもなく、招かれた種のなかには、世代を重ね、環境に順応したものも少なくないのだから。

 ゆがみをおびて狂う者だって、好きでそうなるわけではない。穏健なあたりも、この先、変容しない保障があるわけではなく……。

 いっそ、そういった(ひず)みや支障を取りさってしまえればいいとも思うのだったが――…。

 悩む彼をよそに。
 授業から解放されたにぎわいのなか、師範が残していった人だかりが思い思いの言葉をかわしている。

「あの稜威祇(いつぎ)、また来てるぅ」

「ほんとだ。いいな暇そうで…――俺もゆっくりしたいよ」

「うん。いいな…。稜威祇(いつぎ)探さなくてもいるんだからな。《神鎮め》……決まったようなものだ」

稜威祇(いつぎ)は、子供を選んじゃだめだって、いわれたよ?」

 ずっと口を閉じていて不意に発言したのは、そのへんにいた十になるやならずの少年。
 黒い瞳に群青色の瞳孔をもつ、黒髪の子だった。

 シーファこと、シンファルダ。

 法具を製造する血統――《天藍(てんらん)理族(りぞく)》に生まれながら法印技術の学者をめざしているという、生徒の中の変わり種である。

 仲間(亜人)だと勘違いして近親感でもおぼえているのか、彼は出会った当初から、やたらセレグレーシュに話しかけてきた。

 その頭脳は教師陣にも一目をおかれるものなので、話して手応え不足ということにはならない。
 幼くとも《天藍(てんらん)理族(りぞく)》――法具の専門家の家系であることに違いなく、その方面の知識の梃子(てこ)入れがあるので、むしろ勉強になる。

 腰のあたりまである、すなおそうな黒髪をそなえた少年で、一見(いっけん)には良家の子息のようにも見え……。到底そうは思えないのだが、年頃の女の子がうらやむその髪は、散髪(さんぱつ)するのを面倒くさがって、ほとんど手を加えることなく簡単(テキトー)に結わえたり放置したりしているだけなのだという。

 洗髪の手間を考えれば、逆に手がかかりそうなものなのだが……。ともあれ、
 みやびにまとまって見えるなかにも彼の黒い髪の毛先は不ぞろいだ。

「それって、どうして?」

「なんでなんで?」

 そのへんにいた子が口々に問い沙汰(ざた)したので、当のシンファルダが対応する。

「鎮めの仕事が大変になるって。場合によっては戦力外」

「なんで?」

「ん……よく聞く理由はあるけど、あまり、興味なかったんだ。中途半端なことは言いたくないし…――よくは知らない。今度、ちゃんと聞いてくるね、レイスさん」

 矛先を向けられたセレグレーシュが、ん? っと。視点をおとしてシンファルダを見た。

 なんとなく周囲のやりとりは耳に入っていたが、彼としては、どうでもいい内容だったので(もく)してやりすごす。

 セレグレーシュは《神鎮め》になりたくて、ここにいるわけではない。

 会いたい人物と再会できぬまま、惰性でこの組織に住みついているだけだ。

 人の平均的な視力ではほぼ不可視なあたりに手を加え、有用な構成を築きあげるここの技術に興味をおぼえることはあっても、《神鎮め》が(こな)す仕事の方向性には相容れない意見を(たずさ)えている。

 手のつけられない魔物や横暴な魔神などを土地や素材――空間に封じこめてしまうという神仏のごとく敬われる者たちの(おこな)い——

 その場まにあわせで、なんの解決にもなっていないじゃないか……と。

 発足当時。これというルールもなく混沌としていた頃は、人が人として、ゆとりをもって生きてゆける環境を獲得維持するだけで手一杯だったのかもしれない。

 けれども。
 この地に《神鎮め》という文化が定着してから、一二〇〇年近い年月が経過しているという。

 一〇〇〇年にあまる歴史があるのに、彼らをもといた世界へ送り返そうと考える者が現れなかったのだろうか?

 図書を管理する司書たちは、そんな技術はないと断言したが、セレグレーシュとしては疑問をおぼえる。

 ふつうに考えれば誰でも思いつくことなので、先人が試行錯誤した記録、不完全な手法でも、どこかに存在している方が自然なのだ。

 手法そのものに問題があって伏せられたか、《神鎮め》家業で得している誰かが、その種類の記録を隠しているか……。事実ないのだとしたら、廃棄されたのかもしれない。

 七〇〇年ほど前には、闇人を召喚する術や知識を抹消してしまおうとした者があったというし、そのおりにでも。

 稜威祇(いつぎ)をその方面からひき出すことができるなら、とうぜん送りかえす方法があってしかるべきなのだ。

 他の者に不可能だとしても、もしかしたら自分には可能な(できる)のではないか——不本意にも、その種族を何処(いずこ)からか呼び寄せる異能を備えて生まれた彼は考えるのだった。

「《月流し》なのか? おれ、再来年なんだ。あとで話きかせろよ?」

「いつ移動なの?」

「……しあさって」

「正念場だな! 道具はそろえてる? 在庫がなかったりすると大変だ。遅くても二日前には申請しないと、まにあわなくなる」

「そうだな。行ってくる」

 その日、彼が出席する講習は、さっきのもので最後だ。

 施設の体質上、授業が終っても()いているところに居残って勉強したり、技能を磨いたりする者が多く、それがあたりまえになっているが、セレグレーシュは物資入手を理由にして、この現場からぬけだすことにした。

 復習であれ予習訓練であれ、自主的な選択になる。
 余暇の使い方は自由なので、よほどおせっかいな知りあいでもいなければ(おこた)りを注意されることもない。

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