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第二十三話 一騎打ち

 煉と赤毛の男は、円の中心で対峙している。才吉とディアーナは煉の指示でリヒャルトのもとへと移動し、なぜか修理は自分の仲間の輪から少し離れた場所にいた。
 エルフ軍は包囲陣形を崩していないが、闇の熊の連中はそんなことはお構いなしであった。各々がその場に座り込むと、まるで楽しい催し物でも始まったかのように中心の二人に視線を注いでいる。裏社会で生きる者たちにとって、力で決着をつけることなど日常茶飯事。そういう環境で生き抜いてきた自分たちのリーダーが、こんな若造に後れを取るはずはない。彼らはそう信じて疑わないのだろうと才吉は思った。
 赤毛の男がその鍛え上げた肉体を見せつけるように上着を脱ぎ捨てると、周囲の部下たちから歓声が上がる。戦意を削ぐ狙い。だが、煉は眉一つ動かさない。

「一つ確認しておくが、こっちが勝ったらエルフの軍は大人しく引き下がってくれるんだよな? それと約束通りその娘も渡してもらう!」

 赤毛の男が大声で叫ぶ。わざと全員に聞こえるようにしていると才吉は感じた。

「かまわないわ!」

 即座に答えたのはディアーナであった。彼女は煉と共に命をかける覚悟なのだろう。それを聞いた男は不敵な笑みを浮かべながら、リヒャルトの方へ顔を向ける。

「そういうことだ。くれぐれも約束を違えないように頼むぜ、王子さまよ」

 赤毛の男の露出した右肩に紫色の紋様が光り始める。才吉には、その腕が一回り太くなったように感じられた。才吉の知る限りでは、おそらく男の魔法は特殊属性。このタイプの主発現部位は、体の内側に向けて魔法を作用させる。特殊属性魔法の種類は様々だが、彼の場合は筋力強化魔法(マッスルストレングス)の可能性が高い。闇の熊の中で比較的小柄なこの男が、身の丈を超す大剣を振るうことができるのはこの魔法のおかげに違いないのだ。
 対する煉は腰のレイピアを抜き去り、静かに構える。すると周囲の闇の熊から野次が飛んだ。

「おいおい、何だ? その剣は? そんなものでうちの大将の剣を受けようってのか?」

「ぎゃはは、仕方ねえだろ! あんな細腕じゃレイピアがお似合いってもんだぜ」

 すでに自分たちが勝ったつもりでいるのか、あるいは挑発のためか、連中の口さがない物言いに才吉は苛立ちを覚えた。無意識にマナが燃え始め、全身に力が満ち始める。
 その様子に気付いたのか、リヒャルトは手にしていた弓で素早く数本の矢を放つ。矢は一直線に飛び、無駄口を叩く連中をかすめながら地面に突き刺さった。

「お前ら、すこし黙りなよ。それともエルフの一斉射撃をご所望かい?」

 次々に罵声を浴びせていた連中は、一斉に口を噤んだ。だが、その表情から軽侮の色は消えていない。闇の熊のメンバーでただ一人、焦りの表情を浮かべていたのは修理であった。

「リーダー、甘く見るな! そいつは――」

「黙ってろ、修理! てめえの親分を信用できねえのか!」

 そう怒声を発したのは闇の熊で一番の巨躯を誇る白髪の男だった。

「チッ! 脳筋どもが」

 修理はそう呟き、舌打ちをする。

「ところで小僧。死ぬ前に聞いておきたくねえか? んん?」

 赤毛の男の言葉に煉は反応しない。

「そう固くなるなよ。少し話でもしようぜ。てめえと嬢ちゃんの親父がどんな風に死んだのかって話をよ」

 ニタニタと笑う顔には、(おご)りと侮蔑の表情が浮かんでいる。ディアーナは唇を噛み締めながら、憤怒の形相で男を睨みつけていた。怒りのあまり弓を握る手の震えが止まらない。
 才吉もまた自分を押さえるのに必死であった。マナの燃焼は止まることなく、全身の筋肉に力がこもる。傷からは再び血が滲みだし、包帯を赤く染めていた。
 男が煉を挑発していることは誰の目にも明らかだった。この男は、逆上した煉が攻撃に出る瞬間を狙っている。そう才吉は思った。怒りに任せ攻撃してくる相手なら確実に仕留められる自信があるのだろう。さらに言えば、いきなり魔法攻撃を仕掛けてくるようなら、なおさら楽に済むと考えているのだろう。発動までの隙を狙えばいいわけで、何より一度や二度の魔法は魔法障壁が守ってくれると高を括っている。いずれにせよ一撃必殺、それがこの男の信条なのだと才吉には思えた。
 この場にいる多くの者たちは、赤毛の男が有利な心理戦を展開していると感じていた。だが大方の予想を裏切り、煉は微動だにしない。何の感情も読み取れないその様に、才吉は武のあるべき姿の一つを垣間見たような気がした。
 やがて男が更なる挑発を口にし始めたとき、煉は短く静かに言葉を発した。

「やめだ」

 そうしてレイピアを鞘に収める。

「あ? 何だと?」

 男は煉の思わぬ行動に眉根を寄せた。

「せめて剣士として死なせてやろうと思ったが――」

 そう話す煉の顔は変わらず無表情であった。男はニタリと口元を歪める。

「それはつまりよ、魔法で攻撃しますって言ってんのかい?」

 煉は会話の意思などないかのように言葉を締め括る。

「――もはや、ひと振りさえも許さん」

 次の瞬間、煉の両手が赤い光を放った。ほぼ同時に赤毛の男が大剣を振り上げ、大きく踏み込む。
 才吉がその光景を見たと感じた瞬間、音圧か風圧か判断のつかない衝撃が一帯を襲う。多くの者が目を伏せ、耳を抑え、屈み込む。才吉の耳にも、キーンという耳鳴りがしばらく残っていた。

「な、何だ? 爆発?」

 目を開けると土煙が広がり、視界が悪い。どうにか目を凝らし、ぼんやり浮かびあがる人影と、その周囲で瞬くように見え隠れする魔法障壁らしき球体を確認する。
 やがて視界が晴れるにつれ、障壁は姿を消し、才吉はその人影の正体をはっきり視認することができた。
 それは煉であった。彼の足元は丸く地面を残し、その周囲は浅く削り取られている。まるで赤毛の男がいた場所を中心に爆弾が落とされたようだと才吉は感じた。
 爆心地の近くにいた闇の熊たちも無事ではない。ある者は数メートル先まで吹き飛ばされ、またある者は一瞬で魔法障壁を失ったショックに呆然とする。
 ようやく耳鳴りがおさまってきた才吉の耳に、誰かが呟く声が聞こえた。

「禁呪……」

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