バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第二十四話 一筋の光

 才吉たちが駆け寄ると、煉はふらつき両膝をついた。その顔はいつも以上に蒼白で、額は汗ばんでいる。体は震え、呼吸も荒い。

「いやー、驚いたよ、煉。まさかアレを使うなんてさ。あまり無茶しないでおくれ」

「……すまない」

 煉はリヒャルトに短く答えると、そのまま目を閉じて倒れ込む。慌てて才吉とディアーナが体を支えた。

「煉さん! しっかり!」

 才吉が声を上げると、リヒャルトが肩にポンと手を置いた。

「大丈夫。でもマナを限界寸前まで使い切っているからね。これ以上無理はさせられないよ」

 その言葉に才吉はひとまずホッとする。
 煉は静かに目をつぶって横になり、その頭をディアーナが膝枕で支えた。眠っているのか意識を失っているのか、才吉には判断がつかなかった。
 周囲を見渡すと、一時は騒然としていたエルフ兵たちは既に冷静さを取り戻し、倒れた闇の熊の捕縛に取り掛かっている。才吉の近くにはただ一人、煉の魔法を警戒していた修理が座り込んでいた。傍に寄ると、修理の口から何やらブツブツと漏れる言葉が聞こえてくる。

「だから言ったんだ……。人質をとった意味が理解できなかったのか? 最後まで馬鹿な男だ」

 才吉は修理の前に立つと、こう言った。

「白河修理。あなたには全てを証言してもらわなければならない。僕らと一緒に来てもらいます」

 そうして腰に携えていたロープで彼を縛ると、リヒャルトたちの方へと向き直った。

「リヒャルト王子、僕は那須野才吉といいます。煉さんに代わり、お願いがあります」

 才吉は(ひざまづ)いて頭を垂れる。

「君が才吉くんか。拳聖の子孫にお会いできて光栄だよ。そんなにかしこまらなくていいからさ。さあさあ、立っておくれ」

「は、はあ。それでお願いですが、修理の身柄だけは僕たちに預けていただけませんか? 黒幕を引きずり出すために彼の証言が必要なんです」

「うんうん、わかってるさ。でもぼくらの国にも犯人が必要だからね。修理以外の連中はエルフ国で裁きにかける。それでいいかな?」

「もちろんです。ありがとうございます」

 リヒャルトは頷くと、別の方へ視線を移した。

「それと、ディアーナ。村を守れなかったこと、父に代わってお詫びさせておくれ。本当にすまなかった」

 そう言って頭を下げる彼の行為に才吉は驚く。軽い口調に反して、彼は権力の上に胡坐(あぐら)をかくような人物ではないのだ。ディアーナもそんなリヒャルトの行動に戸惑いつつ、慌ててお辞儀をする。

「いえ、そんな。王子様のせいじゃありませんから」

 するとリヒャルトはパッと顔を上げ、嬉しそうな笑顔を才吉たちに向けた。

「煉は地元でも良い友達に恵まれているみたいだね。安心したよ」

 そこへ、黒い鎧のダークエルフが歩み寄ってくる。赤毛の男が黒い森のヴィルヘルムと呼んだ人物。彼はリヒャルトの前で姿勢を正し、会釈した後でこう述べた。

「白の王子よ。我々はこれで失礼する」

「ありがとうヴィルヘルム。おかげで助かったよ。ベルンハルト殿下にもよろしくね」

「承知した」

 そうして十人ほどを護送しながら、ダークエルフ軍とダークハーフエルフたちは森の道を引き返して行く。連れていかれる集団の中には、顔に大きな古傷のあるダークエルフの姿もあった。才吉はそのダークエルフが、安室が外れ村に駆け付けた際に話した相手だと気付く。

「あいつ、やっぱり闇の熊のメンバーだったのか……」

 そう呟きながら煉の方へと視線を戻そうとした時、ふと削り取られた地面が才吉の目に留まった。赤毛の男はどうなったのか、そんなことを考え込む彼にリヒャルトが声を掛ける。

「禁呪は初めてかい? 寒気がするくらいの威力だろう?」

「はい。あの魔法はいったい?」

「火属性上位魔法の一種、爆裂魔法(イクスプロード)さ。普通は上位第二層レベルだけど、煉はちょっと特別でね」

爆裂魔法(イクスプロード)……」

「煉の国では使用が禁じられている魔法さ。だから禁呪って呼ばれている。破ると極刑らしいよ」

「えっ、じゃあ、煉さんは禁を破ったんですか?」

「いや、ここはエルフ国の領内。問題ないさ」

「はあ、良かった……。あの、それであの赤毛の男は?」

「うん、まあ、君の想像通りだよ。剣はあそこ」

 リヒャルトの指さす方向を見ると、遠くの木に巨大な剣が突き刺さっていた。
 そうこうしている内にホワイトエルフの軍も後始末を終えたらしく、ワルターと呼ばれた男がリヒャルトの元へと戻る。彼は跪くと、リヒャルトに向かってこう告げた。

「リヒャルト様、準備が完了いたしました。サブリーダーの一人はヴィルヘルムたちに引き渡しましたので、こちらは残る一人を確保しております」

「ご苦労様。ところでワルター、わかってるよね?」

 ワルターの肩が一瞬ビクッと震えた。直後、にこやかだったリヒャルトの顔が一気に凄みを増す。

「此度の外れ村の件、肝に銘じろ。二度目はない。いいな?」

 その顔はすぐに緩み、ニコニコと笑う。

「では、ぼくらも失礼するよ。煉が起きたらよろしく伝えといて。あ、そうそう、都から外れ村に移住希望者が何人かいるんだけど、許可してもらえるかな、ディアーナ?」

「は、はい。もちろんです。ありがとうございます」

 さすがに王族相手では気後れしてしまうのか、ディアーナにいつものツンとした雰囲気はなく、顔を赤くしながら煉の髪をクシャクシャといじくり回している。

「うん、君が新しい村長だ。外れ村の復興、よろしく頼みます。当然ワルターも協力するんだよ。いいね」

「はっ!」

 ワルターは深々と頭を下げる。リヒャルトは才吉に軽く一礼すると、(きびす)を返して去っていった。
 しばらくしてから、ワルターはようやく立ち上がる。彼は俯きながらディアーナの前に立つと、拳を握りしめ絞り出すように声を発した。

「ディアーナ村長……。此度の件、本当にすまなかった。わしの不徳の致すところだ。このような悲劇、二度と繰り返さないと誓う」

 そうして彼は深々と頭を下げたのである。
 目を見開き、絶句するディアーナ。やがてその頬に一筋の涙が伝う。
 純血のエルフ、しかもその長たる者がハーフエルフに頭を下げるなど、森のエルフの長い歴史の中でも類を見ないこと。外れ村の悲劇は決して起きていいものではない。だが結果として、それは連綿(れんめん)と続く差別の歴史に一筋の光を差し込ませた。
 大切な人たちの死が決して無駄ではなかったという事実。それが彼女にとっての救いであり、涙の意味だと才吉は悟るのであった。

しおり