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第二十二話 大逆転

 修理が険しい顔つきに変わる。

「監禁場所はすぐにばれると思っていた。だが、解放は無理だ。貴様らの戦力で愛喜に勝てるわけがない」

 すると煉は、懐から大きな髪飾りを取り出した。

「面識があるようなので、これが証明代わりになるかもしれませんね」

 それは愛喜が髪に飾っていたもの。エルフ会の商標をかたどった品である。

「そ、それは、愛喜の髪飾り? 馬鹿な! いったいどうやって?」

 顔を引きつらせる修理に対し、煉はわざと全員に聞こえるよう声を張り上げる。

「さっき聞いたでしょう? 拳聖の子孫だと。彼の傷はその時のもの。なにせ人狼(ワーウルフ)魔法人形(ゴーレム)を素手で殴り倒したのですから」

 その瞬間、森の方を警戒していた闇の熊全員の視線が才吉に集まった。

「なっ! 素手だと? そんな馬鹿な……、人間業じゃない!」

 動揺を隠せない修理に、煉はこう言い放つ。

「それこそが拳聖たる所以(ゆえん)。我々とは格が違うのですよ」

 才吉は内心では少し恥ずかしさを覚えたものの、煉の話に合わせて黙っていた。だが、きっとディアーナは呆れているだろう。そんな気がした才吉は、横目に彼女を見る。しかし意外にも、彼女までもが自慢げに鼻息を荒くしていた。
 煉の勢いは止まらない。

「一つ間違いを指摘しましょうか?」

 そう言って人差し指を立て、彼は続ける。

「あの煙、村が燃えているわけではない。ただの狼煙(のろし)です」

 修理の顔から血の気が引く様子が見て取れた。その額から流れ出る汗は暑さのせいだけではない。そう才吉は思った。

「どういう意味だ、狩野煉!」

 顔を引きつらせる修理に、射貫くような視線を向けながら煉は答える。

「こういう意味ですよ!」

 彼は颯爽(さっそう)と立ち上がり、何かの合図を出すかのように右手を掲げる。その瞬間、周囲の森全体がまるで一つの巨大な生き物のごとく動いたかに見えた。だがそれは目の錯覚。その正体は、茂みから一斉に立ち上がったエルフの兵士たちであった。
 数はゆうに二百を超え、才吉たちを包囲する闇の熊をさらに大きな円で幾重にも取り囲んでいる。およそ半数は純白の鎧、もう半数ほどは漆黒の鎧を身に(まと)い、手には弓や槍などを構えている。整然と統率された動きはまさに軍隊であった。
 闇の熊はもちろんのこと、才吉とディアーナまでもが金縛りのように動けない。才吉はふと、その一角に明らかに毛色の違う集団がいることに気付く。彼らは弓矢をつがえ、憎しみのこもった目で闇の熊を睨みつけている。才吉は、彼らが闇の熊に無理矢理従わされていたダークハーフエルフだと直感した。
 その時、エルフ兵の中からこちらへと歩み出る三人の男の姿があった。

「やあ、煉。何とか間に合ったよ」

 一見すると軽薄そうな印象のタレ目の男は、何かの紋章が入った白いガウンを羽織っている。

「手間をかけました、リヒャルト」

「何を言うんだい。僕なんか楽なもんさ。君の方が大変だったじゃないか」

 その会話を聞いた修理の顔色がみるみるうちに変わっていく。

「リ、リヒャルトだと! なぜこんなところにホワイトエルフの第三王子がいる?」

「なに! どうなってる、修理?」

 闇の熊のゴロツキどもを束ねる赤毛のリーダー、その豪胆さを持ってしても困惑する事態だった。煉はそんな修理たちを無視するかのように、会話を続ける。

「政からの伝書は間に合ったようですね」

「うん。島では大変だったって書いてあったよ。僕も父上に許可もらうまでは兵を動かせなかったものだから、手伝えなくてごめんね」

 リヒャルトと呼ばれた男はそう言うと、ニコニコしながら才吉とディアーナに手を振る。その威厳のなさに、才吉は心の中で本当にエルフ国の王子なのだろうかと疑った。そんなやり取りに業を煮やしたかのように、修理が煉に食って掛かる。

「なぜだ! なぜ貴様らが知り合いなのだ? そんな情報どこにもなかったぞ!」

 煉は淡々と説明する。

「それはそうでしょう。第三王子の留学は国の最重要機密ですから。州立学校で彼の正体を知る人間は、校長を除けば友人の私と政くらいですよ」

「りゅ、留学だと? 馬鹿な……」

 修理は力なくその場に座り込んだ。

「どうやら、敵の計略の方が一枚上手だったみてえだな」

 そう言いながら赤毛の男は巨大な剣をヒョイと持ち上げる。才吉はその何気ない動きに男の膂力(りょりょく)の強さを感じた。

「よせ、リーダー! 勝ち目がない!」

 そう告げる修理に続いて、煉がこう話す。

「彼の言う通りですよ、森の熊のリーダーさん。リヒャルトの両隣の方をご存じないのですか?」

 才吉はリヒャルトたちへと目を向けた。両脇の男たちはそれぞれ白と黒の鎧を身に纏っているが、その装飾は他の兵士よりも立派なものであった。白い方はショートスピアを持ち、黒い方は左手にバックラーをつけ腰からショートソードを下げている。どちらも武人の気配を漂わせ、立ち振る舞いに隙がない。

「舐めるなよ、小僧。それくらい知っている。白い森のワルターと黒い森のヴィルヘルムだ。それと森の熊じゃねえ、闇の熊だ、この野郎!」

 誰も反論しないところを見ると、彼の答えは正しいようだ。それにしても、この状況でわざと言い間違えをする煉の度胸には恐れ入る。そう才吉は感じた。

「森を二分する大部族のリーダーが顔を揃えているのです。我々の国でいえば、州軍部を相手にするようなもの。それがわかっていながら、抵抗しようというのですか?」

「戦いで死ぬのが武人の誉れってもんよ。俺たちの流儀に口出すんじゃねえ」

 煉の忠告も聞かず、赤毛の男は抗戦の構えであった。

「いいでしょう。では、その流儀とやらに付き合おうじゃありませんか。ただし、あなたと私の一騎打ちでだ」

 才吉は驚愕した。

「そんな! どうして、煉さん?」

 続けてディアーナやリヒャルトも抗議の声をあげる。戦力はこちらが圧倒しているというのに、どうして一騎打ちなどに持ち込む必要がある? 才吉には理解できなかった。何とか煉を説得しようと、彼は必死で考えを巡らせる。すると煉は一言「大丈夫」と言って、ディアーナに向き合った。

「ディアーナ。父と村人たちの無念、私に託してもらえますか?」

 様々な想いが込み上げたのか、ディアーナは肩を震わせ涙を浮かべながら黙って頷く。
 才吉は唐突に理解した。これは彼らにとってのけじめ。かけがえのない人たちの仇を自らの手で討つ、唯一の機会なのだと。才吉もリヒャルトもそれ以上は何も言えなかった。

「けっ、面白れえ! 勝てる状況をみすみす手放すとはな。後悔するなよ、小僧!」

 そう言って禍々しい笑いを浮かべる赤毛の男は、血に飢えた野獣のような殺気を放っていた。

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