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第二十一話 ふたりの知略

 赤毛の男から参謀と呼ばれたその青年は、こう切り出した。

「闇の熊の白河修理(しらかわしゅり)だ。お前が狩野煉だな。一度会ってみたいと思っていた」

 そしてこちらの返事を待たずに言葉を続ける。

「狂犬はどうした? 一緒じゃなかったのか?」

 おそらく安室のことを言っているのだろうと才吉は思った。煉は彼女のことを話すつもりなど毛頭ないといった様子で、答えをはぐらかす。

「安室隊長のことですか? はて、そんな指示はなかったはずですが?」

「とぼけるな。あの女が助太刀することぐらい想定済みだ」

 修理の言葉に煉は黙ったまま答えようとしない。

「ふん、まあいい。それにしても、助っ人を探すのはさぞかし骨が折れただろう? なにせ冒険者ギルドは当てにならないのだからな」

 修理は氷のような微笑を浮かべながらこう続ける。

「で? まさか必死に探し集めた結果が、そのガキ一人か?」

 彼の言葉に、周りの連中がニヤニヤと口元を緩める。すると巨体の黒人女性が、わざと気色の悪い声を出した。

「あら坊や、どうしてそんなに怪我してるんだい? 来る途中で転んじゃったのかい?」

 周囲からゲラゲラと笑いが起きる。

「それ以上痛い目に合いたくないなら、とっととママのところに帰んな!」

「ひゃはは! 怪我だけじゃ済まねえぞ、坊主!」

 そんな野次が飛び交うが、才吉はまったく意に介さない。

「貴様ら! 拳聖の子孫に対してずいぶんな言い草だな!」

 そう声を荒らげたのはなんとディアーナだった。どよめきが起こり、連中の顔つきが変わる。予想外な彼女の言葉に、当の才吉さえも驚きを隠せない。

「ほう……、これは驚きだ。拳聖の血を引くだと? ふん、ハッタリじゃなければいいが」

 そう言いながらも、修理は余裕の表情を少しも崩そうとしない。そしてさらにこう続けた。

「どのみちこの人数相手では勝ち目はあるまい。いや、そもそもこちらには人質がいる。英雄の子孫が何人いようと関係ない」

 修理は森の方をぐるりと見渡す。

「周囲には索敵用の犬を放してある。知らせに来ないところを見ると、本当に三人だけで来たらしいな」

 その時、道の先から一筋の煙が立ち昇るのが見えた。多くの者が気付き、そちらへと視線を向ける。

「どうやらあちらも始まったようだ」

 修理が煙の方角から視線を戻しながら、そう呟く。すると煉は大胆にも近くの切り株に腰を下ろし、修理に向かって問いかけた。

「あなたに訊きたいのですが、魔生石の噂がデマだということは知っているのですか?」

 それを聞いた修理の表情がわずかに変わる。

「ほう……。事の真相はおおよそ掴めているというわけか。なかなかの切れ者という噂は本当らしい」

 修理も向かい合うように切り株に座り、膝を組む。

「デマだろう何だろうと関係ない。大和とその一族には子々孫々に至るまで報酬を払い続けてもらうまでだ」

「まあ、一応は領主の一族ですからね」

「フッ、冥土のみやげだ。他に訊きたいことはあるか?」

 修理がそう言うと、煉はまるで用意していたかのように即座に質問を投げ掛ける。

「では、純血のエルフたちへの対処について教えてください。彼らが軍を動かす可能性は、あなた方にとって懸念事項の一つだったはずです」

「うちのメンバーに白と黒のエルフが一人ずついる。白い方はそこの女も顔見知りだ」

 そう言いながら修理は才吉たちが来た方向を顎で示す。そこには才吉たちに向けて弓をつがえるホワイトエルフがいた。

「ヨハン、貴様!」

 ディアーナがギリギリと歯ぎしりをしながら睨みつける。才吉は記憶を辿った。ヨハンというのは、襲撃事件の前に外れ村にやって来た旅商人の名前。やはり村人たちに痺れ薬を盛った犯人は、その男だったのだ。そして怪しまれぬよう、自分も同じものを口にした。そんな思案を巡らせながら、才吉はディアーナが無闇に暴走しないことを祈っていた。修理はそんな二人には目もくれず、煉だけを見て話を続ける。

「外れ村襲撃後、白と黒それぞれのリーダーの元へ二人を向かわせた。敵方の交渉役の振りをさせてな」

 煉は黙ったまま、じっと話を聞いている。

「両陣営にはダークハーフエルフを始末することで手打ちにするよう話をつけてある。純血どもはハーフエルフにあまり強い同族意識を持っていないからな。だからこそ標的にした」

「話がつけやすかった、ということですか?」

「ああ、お互いハーフエルフの犠牲で痛み分けということだ。厄介者を始末できるとなれば、連中にとっても悪い話じゃない。そういうわけで、さっき外れ村の方角から上がった煙はホワイトエルフの報復攻撃によるものだ。村にいるダークハーフエルフどもは、今頃息絶えているだろうさ」

「よく襲撃日を引き渡しの期日に合わせられましたね」

「ダークエルフ側も建前で軍を出すので、日程を調整したいとホワイトエルフ側に持ち掛けたんだよ。黒の純血共も立場上、ハーフエルフを助ける振りくらいはしなければならないからな」

「説得できなかった時はどうするつもりだったんですか?」

「ふん、どのみちホワイトエルフは報復せざるを得ないはずだ。そうしなければ、部族の長としての立場が危うくなる。まあ仮に予定を合わせられなくても、貴様らの命日が襲撃の後でさえあればよかったわけだ。数日ずれたところで誰も気にしない」

「なるほど。後は私たちの死体をダークハーフエルフと共に外れ村に放置、見つけた人はホワイトエルフの報復に巻き込まれたと勘違いする、という筋書きですね」

「州議会から見届け人が来ているはずだ。事が済み次第、旅人のふりをしたヨハンが奴らを外れ村に誘導する」

「ふむ、そういうことか」

 その時であった。この場にいる誰にも似つかわしくない弱々しい鳴き声が才吉の耳に届く。見ると、森の方から一匹の犬がフラフラと姿を現した。
 全員の視線がそちらに向けられる。その足取りは頼りなく、背中には一本の矢が深々と突き刺さっている。わずか数歩進んだところでその犬は力尽き、地面に倒れ込んだ。

「あれは……? 奴らが言っていた索敵用の犬?」

 才吉はそう呟きながら、状況を理解しようとあちこちに視線を巡らせる。切り株から立ち上がった修理の表情は少し変化していた。何が起きたのか見極めようと犬が出てきた方に注意を向けている。赤毛の男も立ち上がり、周囲の部下に警戒しろと指示を出す。座ったまま落ち着いているのは、煉ただ一人だった。

「それにしても、犬とは……。愛喜加奈の獣たちに比べれば何とも可愛らしい」

 煉はぼそりと呟く。それを聞いた修理は、初めて驚愕の表情を彼に向けた。

「貴様、今何と言った?」

 そう尋ねる修理に、煉はサラッと答える。

「あなた方が捕らえたハーフエルフたちはもう島にはいません。我々が解放しました」

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