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第八話 推理

 狩野村から東へ半日ほど行くと、海辺の小さな港町に出る。そこは大和(おおわ)という一族が代々領主を務め、かつては内陸と海上を繋ぐ交易地として栄えた町。その過去の繁栄と、第二州都まで南に半日という地理的条件が、大和家の人々の胸中に自惚れともいうべき高いプライドを宿らせていた。
 そしてこの一世紀ほどの間に、以前は己の町に従属的な立場にあった狩野村が驚くべき発展を遂げ、今や逆転するほどの勢いにある。そのことを現領主の大和田堕艶(おおわただつや)は不満に感じ、巷では狩野村への人口流出に歯止めをかけられない彼の無能ぶりが囁かれ始めていた。
 田堕艶は一計を案じ、州議会に大和町と狩野村の合併案を提出。だが州議会における大和家の影響力はとうに薄れており、煉の父親を中心とした反対派勢力を抑え込むことはできなかった。
 一族や町の住人の手前、それで引き下がるわけにはいかなかった田堕艶は、煉の父の元に直談判に出向いたという。高額な見返りを提示する彼に対し、煉の父はそれをきっぱりと拒否。そして噂はどこからともなく広がり、田堕艶の立場はますます厳しいものへと変わっていく。
 追い込まれた彼は、ついに非合法な手段に手を染める。地元の商人に圧力をかけ、狩野村との取引に介入するという暴挙に出たのだ。これで優位に立つつもりだった田堕艶の思惑は見事に外れる。怒った狩野村の人々は大和町との取引を止め、直接第二州都まで出向くという選択肢を選んだ。これにより、大和町はますます活気を失っていった。

「――ここからは私の想像ですが、進退窮まった田堕艶は、いよいよ最悪にして最後の手段に打って出たのではないかと思われます」

「最後の手段?」

「非合法な組織への依頼です。内容は狩野村領主、すなわち父と私の殺害。それを疑いのかからない方法で実行すること。そうすることで彼は、合併案を通せると考えたのでしょう」

 才吉は言葉を失った。エルフ同士の争いに巻き込まれたかに思えた煉の父親、まさか彼の殺害が真の目的だったなんて。震える才吉に、煉は説明を続ける。

「組織の正体は、おそらく闇ギルド。根拠はディアーナが見た黒ずくめたちです。その体型や武器、腕前などからみて、闇の熊と呼ばれる組織に間違いないでしょう。第二州都を根城にする闇ギルドの傘下組織の一つです」

 驚愕の連続であった。闇ギルド、それはこの世界を裏で牛耳るいかがわしい組織の総称。賭博や風俗などを一手に担い、繋がりを持つ政治家や役人は後を絶たない。治安維持を担う軍部でさえ、必要悪としてその存在を一部黙認しているといわれている。煉はグラスの水を口に含むと、さらにこう話した。

「そうなると、さらわれた村人の行方も目星が付きます。同じ闇ギルドの傘下に、エルフ会というエルフの人身売買を手掛ける組織があるのです」

「お、驚きました。煉さんは、いったいどこでそんな知識を……?」

「柳先輩の受け売りですよ。普通の人はこんな情報知りませんから」

「ちょっと待ってください。そうなると、煉さんも命を狙われているわけですよね?」

「そう。だから連中はディアーナを逃がし、私をおびき出すための口実を作った。そして引き渡し当日に、再びエルフ同士の争いに紛れて、あるいはそう見せかけて私を殺害するつもりです。当然、一緒にいるディアーナも、無事では済まないでしょう」

「なんてことだ……。田堕艶という男は、そんなに悪知恵が働くのですか?」

「いや、奴ではありません。あの男に、こんな計略が思い付くはずがない。きっと闇ギルドに切れ者がいるのでしょう」

「うーん、なるほど……」

 才吉は唸りながら、ふと煉が話していたことを思い出す。

「そうか。さらわれた村人を救出する狙いは、引き渡しの際に人質にされるのを防ぐためですね? 救出と引き渡しに関係があるというのは、そういう意味だったのか」

「ご名答。察しがいいですね、才吉くん。女子供を盾にされては、私もディアーナも黙って殺されるしかありませんから」

 才吉はわずかに明るい兆しが見えたような気がした。人質に取られることを未然に防ぐということは、煉には一戦交える覚悟があるということになる。言いなりになるつもりはないという彼の言葉は、決して強がりや見栄から出た飾り文句ではないのだ。

「しかし、軍が動かないとなれば多勢に無勢。約束の期日までに、戦える者を集めなければなりませんね」

「ええ、それが悩みの種でして。一応、第二州都に出向いた際、冒険者ギルドに依頼を出しておきました。でも、期待はできないでしょうね。才吉くんへの頼みというのは、実はそのことなんです」

 煉は才吉に頭を下げると、こう続けた。

「祖先から受け継いだ力と技、私に貸してもらえませんか?」

「顔を上げてください。僕はとっくにそのつもりです。微力ながら、お手伝いさせていただきます」

 顔を上げた煉の表情は、安堵感に満ちていた。

「ありがとう。拳聖の助けがあれば、とても心強い」

「ちょっと待ちなさいよ。あなた、本当にいいの? 命の危険が伴うことなのよ」

 問い詰めるディアーナに、才吉は頷きながら答える。

「わかってます。怖くないと言えば嘘になりますけど、逃げたくはないんです」

 かつて英雄として称えられた母の名に恥じぬ生き方をしたい。それは幼い頃から才吉が望んできたこと。転移という宿命に臨むに当たり、彼がずっと積み上げてきた覚悟の一つであった。

「後で泣いたって知らないから」

 彼女は冷たく言い放ち、壁の方へ視線を逸らす。すると煉が諭すように言った。

「ディアーナは才吉くんの実力を見ていませんからね。きっと驚きますよ」

 そんな二人の言葉をよそに、才吉は浮かんだ疑問を投げ掛けるタイミングを見計らっていた。そして煉がディアーナにグラスを差し出すのを機会に、彼は口を開いた。

「一つ質問してもいいですか?」

 煉がにこやかに微笑みながら答える。

「もちろん、何でも訊いてください」

「大和家というのは、そんなに裕福なんですか? 下部組織とはいえ、闇の熊をまるごと動かすとなると相当な対価を要求されそうな気がしますが」

「それは私も考えました。思い当たったのは、狩野村に関する噂です」

「噂?」

「村を案内したとき、不思議に思いませんでしたか? あれだけの公共設備、資金はどうやって工面したのかと?」

 それはまさに才吉が感じた疑問であった。

「それ、僕も疑問だったんです」

「はは、そうでしたか。祖父の代の話になりますが、館の建築工事中に丘の一部からある鉱石が見つかりましてね。何だと思います?」

「え? 何ですか?」

 煉は悪戯っぽく微笑むと、才吉を指差す。彼が指し示した先、それは胸元だった。

「……まさか、魔生石?」

「そう。この世で最も高価と言われる鉱石。それが樽一杯分ほど見つかりました。その価値は当時の国家予算に相当したとか」

「ああ、なるほど。それであんなすごい設備を造ることが」

「祖父は村の人たちと話し合い、魔生石を全て国に進呈することを決めました。その代わりに、上下水道の敷設を約束させたのです」

「えっ! 全部あげてしまったんですか?」

「ええ、それが一番安全な活用方法だと思ったんでしょうね。魔生石があると知れ渡れば、どんな連中に目をつけられるかわかりませんから」

「でも、噂は広まってしまったと?」

「その通り。狩野村の地下には魔生石の鉱脈が眠っている、そんな噂が瞬く間に広まったそうです。そのせいで色々と問題が起きたようですが、実際にはそれ以上の魔生石は見つかっていません」

「つまり、田堕艶はその古い噂話を今も信じているわけですね。そして、闇ギルドへの報酬として魔生石の鉱脈を約束した」

 煉は首を縦に振ると、溜息をつきながら言った。

「彼だけではありません。長い年月を経た今でも、噂はあちこちで囁かれている。我々がいくら無いと言ったところで、疑い深い連中は信じようとはしないのです」

「しかし、闇ギルドもよくそんな噂を信用しましたね」

「まあ、真相がどうであれ、一つの町の領主の弱みを握れるわけですから。それに、大勢のエルフを生け捕るチャンスでもあった。奴らにとって悪い話ではありません」

「うーん、なるほど……」

 才吉の話が済んだところで、煉は立ち上がり締め括るように言った。

「話はこんなところです。才吉くんが快諾してくれてよかった。おかげで希望が見えてきました」

「それで、今後の予定は?」

「柳家と冒険者ギルドへの依頼は、三日後が報告期限。なので、明後日には第二州都へ出立したい。お二人にも同行していただくので、今日と明日は英気を養っておいてください。結果次第では、そのまま救出作戦に移る可能性もあります」

 ディアーナは「わかったわ」と短く返事をして、振り向きもせず部屋を出ていく。一方の煉は、去り際にこう言い残した。

「才吉くんには、この客室をそのまま使ってほしい。出立までゆっくり静養し、旅の疲れを癒してください。私は館に行って、溜まった仕事を片付けてきます。昼に一度、戻ってきますので」

 才吉は素直に返事をし、煉の後姿を見送る。独り部屋に残された彼は、ようやく肩から力が抜けたように息をついた。
 この世界に来てまだ二日目なのに、ずいぶんと大変なことに巻き込まれてしまった。向こうの世界は今頃どうなっているだろうか? 事情を知っている母親は問題ないだろうが、学校の先生や友達は大騒ぎに違いない。そんなことを考え始めた才吉の頭に、ふと幼馴染の(あや)の顔が浮かぶ。

「あいつ、心配してるかな……」

 そう呟きながら、才吉は少しの寂しさを感じた。だが、感傷に浸っている暇はない。気持ちを奮い立たせると、彼は部屋の外に向かって歩き出した。
 マナによって強化された体は、これまでにない感覚とスピード、そして力を生み出す。時間がある内に、少しでも慣れておく必要があるのだ。煉には休んでいるよう言われたが、とてもじっとなどしていられなかった。
 そういった心の疼きは、使命感のせいだけではない。新たな能力によって、さらなる広がりを見せる母直伝の技の数々。それが楽しくて仕方がない。才吉は改めて自分の中に流れる拳聖の血を実感していた。
 こうして彼は時折八重の仕事を手伝いながら、空き時間のほとんどを修練に費やし出立までの時を過ごすこととなったのである。

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