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第七話 要求

 あまりの内容に才吉は何も言えず、ただ身を強張らせていた。自分よりわずか二つ年上の煉とディアーナ。そんな二人が、身を引き裂かれるような思いを抱えてこの場にいる。彼らの気持ちを思うと、才吉は胸が押し潰されそうだった。
 一見平和なこの村の目と鼻の先で、ほんの二週間前にそのような凄惨な事件が起きていたなんて。そんな様子は煉や八重からは感じ取れなかったし、才吉自身考えもしなかった。

「その頃、私は第二州都の高校で寮生活をしていましてね。伝書鳥の知らせを受けて駆け付けたのは、事件の翌朝でした」

 煉はそこまで話し終えると、一息つくかのようにテーブルに伏せてあった小振りのグラスを三つ並べ、水差しから水を注ぎ入れた。才吉は礼を言って、差し出されたグラスを手に取る。それはひんやりと冷たかった。
 水差しを見れば、表面が結露しているのに気付く。おそらく中に魔冷石(まれいせき)と呼ばれる低温の魔石が入っているに違いない。そんなことを考えつつ、才吉は頭に浮かんだ疑問を投げ掛ける。

「ホワイトエルフやこの国の軍隊は動かなかったのですか? 犯人はダークエルフとわかっているんでしょう?」

「残念ながら、今のところそういった動きはありません。もちろん私も領主の後任申請や退学手続きで第二州都に出向いた際に、然るべき所に訴えました。安室隊長も軍上層部に調査を願い出てくれたそうです」

「それでも動かないのは、なぜなんです?」

 煉は水を一口飲むと、こう答えた。

「先日、私宛に州議会から手紙が届きましてね。そこには三つほど決議事項が記されていました」

 才吉は頷くと、固唾を飲んで次の言葉を待つ。煉はグラスを置き、話を続けた。

「一つは私の領主就任許可について。二つ目は父の殉職認定の報告。そして三つ目は、ダークエルフ側の要求を州議会が許諾したというものでした」

「要求? 犯人が何を要求したというのですか?」

 すると、それまで黙っていたディアーナが急に目の前の壁を激しく叩いた。

「あいつらは、わたしの引き渡しを要求してきたのよ!」

 才吉は驚いて目を見開く。間髪入れず、錬が説明を付け加えた。

「奴らの言い分はこうです。エルフ国の内紛に際し、重要人物を匿う人間側の行為は不干渉条約に抵触する。よって速やかにその人物を引き渡せと。この脅しとも取れる要求を州議会はあっさりと受け入れてしまった。国家間の平和維持に比べれば、彼女の身の危険など取るに足りない問題と判断したのでしょう。そうなると軍部も動くわけにはいかない」

「くそ! なんてことだ!」

 まだ関わりの薄い才吉でさえ、ダークエルフの執拗なやり口と州議会の非情な決定には苛立ちを隠せなかった。すぐに彼は当然とばかりにこう言い放った。

「この国がだめでも、ホワイトエルフの軍は動けるはずです。同族の村が襲われたのだから、彼らには大義名分がある」

「無理ね、連中は動かない。仮に動いたとしても、本気の行動じゃないわ」

 才吉の主張に対し、そう言葉を返したのはディアーナであった。煉は表情を硬くしたまま黙っている。

「馬鹿な。なぜ、そんなことが?」

「決まっているじゃない。わたしたちがはみ出し者のハーフエルフだからよ」

 そう言いながら、彼女は椅子の上で膝を抱えた。そして、膝に顔を埋めたままこう続ける。

「今回の事件、純血にとってはいい厄介払いだった。これがもし別の村なら、とっくに報復に出ているわ」

 エルフ族の純血至上主義に端を発するハーフエルフ差別ついては、才吉も母から聞いていた。だがそれが、ここまでひどいものだったとは。彼は自らの発言がディアーナに辛い告白を強いてしまったことを心から悔やんだ。

「……すみません。そんな事情とは知らず、配慮が足りませんでした」

 しばし重苦しい沈黙が続いた後、見かねたように煉が口を挟んだ。

「ダークエルフは引き渡しの場所と日時、そして立会人まで指定してきました。場所は外れ村、日時は今日から数えて……、ちょうど一週間後の正午ですね。立会人は狩野村領主、つまり私です」

「どうするつもりですか、煉さん? このまま奴らの言いなりなんて、僕は我慢できない」

 拳を握りしめる才吉に、煉は頷きながらこう答える。

「もちろん、大人しく従うつもりはありません。州議会からの手紙を受け取った後、私はある人物に会うため再び第二州都へ出向きました。才吉くんを見つけたのは、ちょうどその帰り道だったんですよ」

「そうでしたか。それで、その人物というのは?」

「私の高校の先輩で、柳一克(やなぎいっこく)という人です。柳家は代々、諜報を生業とする地元では有名な家柄でしてね。そこの跡取りである彼に、調査を依頼してきたんです」

「何の調査ですか?」

「さらわれた村人の行方です。襲撃事件のとき、外れ村の女子供は皆どこかに連れ去られてしまった」

「確かにそれも大事ですが、それと引き渡しは別の問題では?」

「いや、そうとも言い切れない」

 煉は自信ありげにそう話す。才吉は考え込むが、どうしてもそれらが結びつくとは思えなかった。

「わからなくて当然です。それを理解するには、この事件の真相について知らなければならない」

「え? 真相?」

 意外な言葉に才吉は驚く。

「今まで話したことは、全て表向きのこと。実はこの事件には裏があるのです。それを気付かせてくれたのは、ディアーナが感じた三つの違和感でした」

 煉は人差し指を立てるとこう続けた。

「まず一つ目は、ダークエルフたちの挙動。彼らは明らかに襲撃を躊躇っていた。中には、惨劇を目の当たりにして泣き叫ぶ者までいたそうです」

「彼らにとって本意ではなかったと?」

「その通り。ただし、彼らに交じって村人を殺害した黒ずくめたちは別です。奴らは殺しを躊躇うどころか、楽しんでさえいたといいます」

「では、ダークエルフたちはそいつらに強要されたわけですね。しかし、安室隊長が話をしたダークエルフの態度は不遜だった。彼らが一枚岩とは限らないのでは?」

「そいつは黒ずくめの仲間よ」

 答えたのはディアーナであった。

「どうしてわかるのです?」

「他は見知った顔ばかりだったからよ。村を襲ったのは以前から付き合いのある黒い森のハーフエルフ集落の連中だった。その中に、顔に傷のある者などいないわ」

 才吉はまたも驚きを隠せなかった。色の違いはあれども、村を襲ったのがディアーナたちと同じハーフエルフであったこと。そして互いに顔見知りであったという事実が、どれほど彼女を苦しめているのか。そう思うと、才吉の胸は痛んだ。

「きっと人質を取られ、脅されたのでしょう。そうでなければ、気高いエルフが理由もなく同族を襲うわけがない」

 煉はそう言うと、二本目の指を立てた。

「二つ目は、その黒ずくめの外見です。その多くがガッシリとした体格で、中には二メートルを超す巨躯の者までいたとか。明らかにエルフではない。おそらくは人間族」

「なっ、じゃあ、黒幕は人間?」

 才吉の言葉に煉は大きく頷くと、三本目の指を立てた。

「そして三つ目は、ディアーナを追った二人の黒ずくめの行動。そいつらが放った矢は、見事に皮一枚をかすめるものばかりだった。その気になればいつでも殺せたはずなのに、奴らはわざとディアーナを逃がして狩野村まで追い立てたのです」

「どういうことですか?」

「彼女の殺害が目的ではなかった、ということでしょう」

「ひょっとして、生け捕りにしたかったのでは? そうすればホワイトエルフとの交渉に利用できます」

「そのつもりなら、我々の父親を生かしておいたはず。立場上、その方が利用価値も高い」

「う、それもそうですね……」

「以上のことから、私は事件の全容をこう推理しました」

 そうして煉が語った内容は、才吉の予想を超えるものだった。

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