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第三話 タケコドロップ

 会話が一息ついた頃、才吉はふと視線を感じた。見ると、ドアのわずかな隙間からこちらを窺う人物がいる。
 才吉の様子に気付き、煉もそちらに目を向けた。彼はそれが誰なのかすぐに察知したらしく、やさしい口調で語りかけた。

竹子(たけこ)、こちらに来てきちんとご挨拶しなさい」

 ゆっくりとドアが開き、一人の少女が俯きながら部屋に入って来る。

「才吉くん、私の妹です」

 その子は小学校低学年くらいで、ずいぶん年の離れた兄妹という印象だった。狩野家の血筋のせいなのか、幼いながらもその顔立ちは美しい。だが一方で、表情にはどこか陰りがある。そう才吉は感じた。

「はじめまして。僕は那須野才吉といいます」

 そう挨拶する才吉を少女はチラリと上目遣いに見ると、小さな声を発する。

「狩野竹子……、です」

「うん。よろしくね、竹子ちゃん」

 竹子は再び目を伏せると、黙ったままこくりと頷いた。

「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

 才吉は何かを思い出したように立ち上がると、壁の方へと向かう。そこには、才吉が転移したときに着ていた学生服が掛けてあった。彼は服のポケットをあちこち探ると、一つの小さな包みを取り出した。そうして竹子に近付くと、握った手を前に差し出す。

「手を出してごらん」

 彼女の広げた両手に、小さく透明な袋に包まれた飴玉が落とされた。竹子は目を大きく見開くと、興味津々といった様子でそれを眺める。

「ほう、これは何ですか? 才吉くん」

 妹の隣で、煉も興味深そうな様子であった。

「飴玉です。たまたま一つ、持ち歩いていたもので」

「へえ、きれいな飴ですね。それにしても、この包みはいったい……?」

 しげしげと見つめる煉の様子に、才吉は苦し紛れの言い訳をする。

「えーと、その、僕の国で開発された素材です。珍しいものなので、あまり出回ってはいないと思いますが」

「これは興味深い。そのような貴重なもの、頂いてしまってもよろしいのですか?」

「ええ、もちろん」

 すると竹子が、「本当にいいの?」と尋ねるような顔で煉を覗き込む。

「遠慮なく頂戴しなさい。良かったね、竹子」

 彼女は頷きながら、再び手の平の上の飴玉を見つめる。

「ちょっと貸してごらん。開けてあげるよ」

 そう言うと才吉は袋の口を切り、竹子の手に飴玉を転がした。彼女はしばらく迷った末に、それを恐る恐る口へと運んだ。その甘さと香りに、顔が自然と綻びる。

「はは、美味しいかい?」

 そう尋ねる才吉。彼女は首を縦に振ると、はにかみながらこう言った。

「……あ、ありがとう」

「良かった。喜んでもらえて僕も嬉しいよ」

 そんな才吉の言葉に、煉も満面の笑顔だ。竹子はペコリとお辞儀をし、小走りに部屋を出て行く。しばし静寂が部屋を包んだ後で、煉はこう口を開いた。

「実を言うと、妹は父親を亡くしてからずっとふさぎ込んでいましてね。母親も幼い頃に亡くしているものですから。でも、久しぶりにあんな表情を見ることができました。ありがとう、才吉くん」

「そんな……。あの、お父上はいつ頃お亡くなりに?」

「つい最近です」

「そうでしたか。それはお気の毒に。煉さんもお辛いでしょう?」

「ええ。でもそう言ってもいられない。私がしっかりしなくては」

 そう言うと彼は、己を奮い立たせるように両手で自分の頬を軽く叩いた。

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