――ひとつ。
ヒトに追われた森の魔女は、虚空の彼方より一〇のヤミヒトを呼びよせた。
ヤミヒトらに阻まれ一度は退いた追跡者たちは、それでもあきらめなかったので、魔女は住んでいた森を捨て……姿をくらました。
何処へ行ったのか。
いま、どうしているのか。
彼らのその後を知る者はない。
――ひとつ。
戦に負け、島の片隅に追われた部族のもとには、四人のヤミヒトが舞いおりた。
ヤミヒトを従え、一〇〇日で一帯の島々を制覇するかに見えたその部族は、一〇一日目に海霧のごとく姿を消した。
――ひとつ。
失われた者を求め曠野をさまよう夢追い人らは、一〇〇〇人のヤミヒトを救いあげた。
ヤミヒトを招いたことで広大な焦土と化したその土地は、いまも生命あるものを寄せつけぬ不毛の領域として存在している。
ヤミヒト招来の伝承は土地土地に存在し、あげ始めれば、きりがない。
ヤミヒトとは、異界より招かれたヒトガタのものをいう。
闇の人と書いて《闇人》――闇より訪れし人々。
この地ならざる闇より現われくる異郷の民だ。
この酷薄にして恵み深き球形の大地に降りては、ヒトにはありえぬ超常的な才能・力を振るうことをあたりまえにする命脈も不ぞろいな種。
これという明確なリーダーも組織も持たない自由な存在。
そんな彼らの常軌を逸した資質は、ヒトがこの地にに築きあげてきた倫理、生きかた、文化を風に吹きとぶ砂塵の如きものとした。
いま、その一部はヒトの友として存在し、
一部は進化の常識をこえた驚異的なスピードで歪み、惑い狂いながら、その姿・形容、志向性までを変え、
一部はヒトと血を混ぜ、街やなわばりを築き、文明の僻地、森の深部などにまぎれ……。
そして一部は、野をさすらう流れ人のようにある。
ヤミヒトの存在を語る記述は二〇〇〇年あまり過去の文献に遡るが、異境より現われるという彼ら本来のありかたは、その背景にある闇に包み晦まされ、杳として見えてこない。
そんななかにも――。
大衆は、その存在を招き入れたのは、こちら側のものだとする。
失われている部分も少なくない自分たちの神秘的な技術の結果なのだと。
いつからそう云うようになったのか?
不明ななかに。
裏付けとしては呼ばれた当事者——《闇人》らによる抽象的な、あるいは肯定的な言葉があり、
その証明が成らずとも、そのように思えぬこともない現象、技術をもとに、彼らを呼び入れたのはヒトなのだと……
――そう言い習わすのだ。
真偽がどうあれ確たる常識とみなし、時には、そこに生まれる混乱をヒトが背負うべき宿業ともしながら、
どこまでも、まことしやかに――…
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