234 公爵緊急会議③/ムスタファの策
「もし、ジンがもう国内にいるという情報を国民全体に流してしまったら、さっきの我々の混乱の比でないことは、容易に想像できるでしょう。それこそ、なにをし始めるか分かったものじゃない」
アブドは言う。
いや、さっきのこの部屋の混乱は、お前が招いたことだろう、アブド……とは、誰も言わない。
ジン潜伏の情報が国民に及ぼす影響は、計り知れない。
「……」
沈黙が流れる。
その沈黙が逆に、暗に、アブドの発言への同意となっていた。
「……では、血の確認は?」
ムスタファが沈黙を破り、改めて質問した。
「いや、血の確認は、必ずしなければ!」
「そこだけは、外せない!」
皆が口々に、国民の血の確認をすべきと言う。
アブドも、そこは同調した。
「血は、我々人間に残された、ジンへの唯一の対抗手段だ。できるだけ早急に始めるべきと、私も思う」
「だが、血の確認を国民に強制するなんぞ、もはや、ジンが国内にいると言ってしまっているのと、同じではないかね」
「そこは……」
「……」
また沈黙になる。これについては、アブドも黙っていた。
「……では、こうするのは、どうでしょうか?」
ムスタファがまた沈黙を破った。
「アクス王国はジンへの警戒をまだ解いていない。といっても、現在は護衛が王国の外周りを巡回する程度ではあるらしいが」
「ふむ。それで?」
「ジンの情報は伏せつつ、アクス王国から要請が来た、などということにして、血の確認を進めていき、ジンを炙り出す」
アクス王国とメロ共和国は、クルール地方の大国同士、協定を結んでいた。
アクス王国周りで巻き起こったジン騒ぎの時も、メロの護衛がサライに駐屯したりと、要請に応じて協力していた。
「アクス王国からの要請ということで、国民への理解を得つつ、事を進めてゆく、ということかね」
「そうです」
「うむ。それでいくか」
道筋が見えた様子で、公爵達はうなずき合った。
「話はまとまりましたね。その上で……」
途中から無口になり、ムスタファの策を聞いていたアブドが、ここにきてまた、話し始めた。
「いざ、ジンと戦うことになったら、どうするんです?」
「うむ……」
ムスタファは口をつぐんだ。
「今回のワイルドグリフィンとの戦いを知る限り、ジンに対して、護衛の武力というものは、いささか憂うべき状況だと、私は思うのですが?」
「……」
「国防の強化については、私が考えておきましょう」
「アブドくん」
すると、公爵長イブンが、アブドのほうを見て言った。
「決して、法には、触れないように」
「もちろんですとも。分かっております」
アブドはその不適な笑みを、公爵長の琥珀色の瞳に返していた。
次に、公爵長はムスタファに言った。
「ルナくんに、よろしく伝えるように」
「はい。……分かっております」
ムスタファは真剣な表情で返事した。