弟子
次の日。
「今日出発するんですよね?」
大和が訊いてきた。
天姉が靴下を履きながら答える。
「うん。でもその前にヴォルペで大和のスマホ買っていこう」
「スマホですか?」
「そう。なにかと必要になると思うから」
「でも俺金持ってないですよ」
「お金のことなら心配いらない。いっぱいもらってるからね」
僕はドヤ顔しながら大和を見た。
「へぇ。勇者って最初はあんまりお金渡されないイメージだったんですけど」
意外そうにする大和に恭介が説明する。
「僕たちは国際魔法連合とかいう人たちの命令で魔王に交渉しにいくんだけど、実は僕たちが勇者として魔王のとこに行くことって極秘事項なんだよね。一般の人は知らない」
「え、そうなんですか?」
「一般人が魔法に触れる機会は少ないし、世界の現状についてちゃんと理解してない人が多いってのがあるから混乱を招かないためっていうのと、僕たちのことが先生にバレるわけにはいかないからね」
「あーそうですよね」
「そう。だからなるべく僕たちに不便がないようにお金はいっぱいもらってる。もしお金に困って人に頼らなくちゃいけなくなったりしたら面倒なことになりかねないからね」
「なるほど~」
天姉が愚痴るように言った。
「勇者なんだし盛大にお出迎えとかしてほしいよねー」
「昨日も言ってたなそんなこと。さて、それじゃあそろそろ行こうか」
恭介が立ち上がりながら言った。
そういうわけで僕たちは大和のスマホを買いに町に行くことにした。
町はなんだか賑わっていた。
何かあったのかなとその辺を観察していると、人々の会話が聞こえてきた。
「昨日ルーポで召喚した勇者が突然現れた誰かに攫われたんだとよ」
「聞いた聞いた! こっちに逃げてきたらしいけどまだ近くにいるかもしれないらしいな」
僕たちは顔を見合わせた。
恭介が大和に向かって言った。
「やばい。忘れてた。見つかると面倒だな。とりあえず……フードを深く被っといて。まずはマスクとサングラスでも買いに行こうか。あー、あと大和の服も買った方がいいか」
大和は今恭介の服を着ている。
大和は言われた通りにフードを被って
「そうですね。それにしても、ここの人たちは普通に勇者とか言ってますね」
周りを窺うように見ながら言った。
恭介が周囲を警戒しながら答えた。
「石碑にある召喚の儀式をして勇者を召喚するってことは知ってるみたいだね。この国はヴォルペの方もルーポの方も割と魔法が受け入れられているから。でもなんで勇者を召喚するのか、とか詳しい事情は知らないんじゃないかな」
スマホを買いに行く道すがら、マスクとサングラスを買って服屋に立ち寄った。
「好きなの選びな」
天姉が謎にカッコつけながら言った。
「ありがとうございます」
大和は若干引きながら感謝の言葉を口にした。
「お、これとかいいんじゃない?」
僕は大和に魔法陣の描かれた服を提案してみる。
「……えーっと。中学の頃だったら買うかもですけど。流石に十八でこれを着るのはちょっと」
「あ、大和同い年なんだ! イェーイ」
僕は無理やり大和とハイタッチをした。
「僕もけいも十八だよ」
恭介が適当に服を手に取って見ながら言った。
「そうなんですか」
「私は十九」
天姉は誇らしげに胸を張って答えた。
「私は今年で十五やでー」
「日向は十五って言っていいのか?」
僕が訊くと
「ええで」
日向は適当に頷いた。
「まぁ精神的にはそこまで違和感ないかもだけど。ん? それがいいの?」
大和が白黒デザインの服を見ている。
「そうですね。これがいいです」
「よりによって白黒とは」
僕は大和が選んだ服を見てみた。
服のセンスがいいのか悪いのかよく分からないが、色はいい。
「ええやん。大和魔法のセンスあるかもな」
日向が言ったことに大和は首を傾げた。
「え、どういうことですか?」
僕は大和の選んだ服をかごの中に放り込みながら言った。
「白と黒は魔法と相性がいい色なんだよ」
「相性がいい?」
「そう」
「どういうことですか?」
「うーん。相性がいいとしか言えない。日向先生。解説よろしく」
僕が振ると、日向は若干嫌そうな顔をした後に
「えっとな。魔力が込もりやすいとかそんな感じや」
と説明した。
「ざっくりしてますね。んー。黒は光を吸収しやすい、とかそういう色の特性みたいなものですか?」
「そんなイメージかもな」
「なるほど」
恭介が補足した。
「色の組み合わせとしては白黒が一番強い。次いで三原色」
「三原色ってシアン、マゼンタ、イエローのことですか?」
「うん」
日向が得意げに付け足した。
「白黒の魔法陣を使える人は桜澄さん以外にはおらんな。懸賞金がでてるやつが多い」
「それって数学の懸賞問題みたいな感じですか?」
「そんな感じ。魔法陣を起動することができたら一億円とかのやつもあるんやで」
「ほえーすごいですね。皆さんはできないんですか?」
日向がため息をつきながら答える。
「できんて。さっきゆうたやろ。白黒魔法陣なんか使えるんは桜澄さんくらいのもんや。多分魔王ですら使えんと思うで。まぁ私たちに使えるんは三原色までやな」
「魔王にすらできないことができるコザクラさんってマジでなんなんですか……。まぁそれはさておき。俺も魔法陣やってみたいです!」
「スマホ買ったあとでやってみようか」
恭介が言うと、大和は両手を上げて
「うわーい」
と言った。
その後スマホを買って恭介の家に戻った。
大和が
「まずは魔法陣を描かないとですよね。俺絵心ないんだよなー」
と、言葉とは裏腹にウキウキしながら言った。
こっちまで楽しくなるくらいニコニコしている。
僕は
「いや別にわざわざ描かなくていいよ。スマホでいいし」
と言ってスマホを取り出した。
「え?」
大和がこっちを見て首を傾げている。
「えーっとねー。これでいいや」
僕はネットで適当に画像を探して大和にスマホの画面を見せた。
「魔法陣の画像ですね」
大和はスマホの画面をじっと見ながら言った。
「うん。それでこれに魔力を込めると」
僕はスマホに手をかざした。
そして手をひっくり返し、手のひらを上に向けると、僕の手から炎が出現した。
「うぉ! すご! 魔法だ!」
大和は炎を見て目を輝かせた。
「こんな感じー。魔法陣を使った魔法は込める魔力が大事なんだよ。強力な魔法を使いたいわけじゃなかったら魔法陣自体は割と適当でもいい。まぁあんまり適当だと起動させるのに必要な魔力が膨大になるけど」
僕が説明を終えると、大和は心なしかガッカリしたようだ。
「スマホでもできるんですね。なんか夢がない……」
「そんなこと言われても」
僕はスマホを仕舞った。
「そういう魔法使いたまにおるわ。デジタルよりアナログ派って人」
日向があるあるみたいに言った。
大和は顎に手を当て、少し考え込むと
「スマホを使った魔法……つまり、ス魔法ということですか!」
と言った。
「……」
僕たちは冷ややかな目で大和を見た。
「あ、今のはスマホと魔法をかけたギャグだったんですけ」
「わかってるよ! 面白くなかったの!」
僕の言葉を聞いて大和は
「そんな……馬鹿な」
と言って頭を抱えた。
「まぁそれは置いておいて。大和は状態異常を治せるとか言ってたよね。さらっと流してたけどどういうことなの?」
大和は恭介の質問を質問で返した。
「どういうことってどういうことですか?」
「よく考えたら状態異常を治す魔法なんてないんだよね。薬を魔法で調合とかならわかるんだけど」
「状態異常っていうのがそもそもふわっとしてるし。食中毒とかのこと?」
僕が恭介に付け加えるように訊くと
「いや、なんと言えばいいのか。そうですねー。ゲーム的なことなんだと思いますけど」
大和はあやふやな答え方をした。
百聞は一見に如かずだな。
「んー。いまいちピンとこない。今やってみたりできる?」
「はい。なぜかやり方はわかります。俺を召喚した人たちが言ってた、本能的に己の力を自覚するってやつだと思います」
「おーじゃあやってみてよ」
僕が手招きすると、大和は悩む素振りを見せた。
「多分状態異常の人にじゃないと効果がないと思いますけど」
「まあまあ。試しにやってみようよ」
「はぁ。わかりました」
大和は僕の肩に手を置いた。
「はい。終わりましたよ」
「どう? なんか感じる?」
恭介が訊いてきたけど、
「んー。ちょっと体が軽くなった? 気がするかも」
正直あんまり分からなかった。
「やっぱ何の役にも立たなそうですね」
大和はため息をついた。
なんだか可哀想だったので僕は
「わからないよ? 極めたら何かしら化けるかも」
と言ってみたが、
「ははは。そうですね。ははは」
大和は死んだ目で笑うだけだった。
何やら考え込んでいた日向が大和に訊いた。
「触れることが条件なんか?」
「そうみたいですね」
大和はぶっきらぼうに答えた。
「それより魔力はちゃんとあるみたいだし、そろそろ魔法陣使ってみようよ。魔法陣使えば他の魔法も使えるし」
僕が努めて明るく言うと、
「それって魔法陣を使わない方法で魔法を使う場合は、自分の才能の範囲の魔法しか使えないんですか? 俺の場合状態異常を治す魔法しか使えないってことでしょうか?」
大和は不安そうに訊いてきた。
恭介が即答する。
「そうだよ。何の種類の魔法を使えるかは完全に才能だね」
「……俺には魔法陣しかない!」
大和はとても力強く言った。
そんな大和を落ち着かせるように日向が言った。
「張り切る気持ちも分かるけど、魔法陣って他の方法よりたくさん魔力が必要なんやで?」
「他の方法って例えばどんなのですか?」
「詠唱したり杖を使ったりイメージしたり」
日向は指折り数える。
「イメージでもいいんですか」
「かなり想像力いるんやけどな。ってか普通今言った方法のどれかなんや。触ることが条件の魔法とか意味わからん」
「はぁ。まぁとりあえず魔法陣を試してみたいです」
「おっけー。んじゃ初心者用の魔法陣がこちらになります」
天姉がスマホを大和に渡した。
「はい。やってみます」
画面には茶色の線で描かれた魔法陣が表示されている。
大和はスマホに手をかざした。
「……ん?」
大和が首を傾げる。
「どうした?」
僕は大和の持っているスマホの画面を覗き込みながら訊いた。
「なんも起こらないです……」
「うそー。これほとんど魔力いらないんだけど」
天姉が頬に手を当てて驚く。
「……」
大和は膝から崩れ落ちた。
「あー落ち込まないでよ。だいじょぶだって。なんとかなるよ」
天姉が慌てて励ます。
大和のことを放っておいて日向は顎に手を当てた。
「どういうことなんやろな。……考えられるとしたら、大和の魔力量はすごく少ないけど状態異常を治す魔法は魔力ほとんど使わんとかそんな感じやろか」
「ってことは、大和は魔法陣使えないのか」
日向と恭介の話を聞いて大和はよろけながら立ち上がった。
「……ははは」
大和は口の端をピクつかせながら自嘲するように苦笑いした。
「やばい。目が死んでる。かわいそう」
天姉が適当に同情する。
「本当に状態異常を治すことしかできないみたいですね。泣きそう。でも頑張る」
大和は自分を納得させるように一度大きく頷いた。
「おう。頑張れ」
僕は大和の背中を軽く叩いた。
「魔法使えないなら自衛のために体鍛えるとかするしかないな」
恭介がそう言うと、大和は
「あ、体は一応鍛えてますよ」
シャツをめくって腹筋を見せた。
中々いい筋肉をしている。
目標のためにマジで色々頑張ってきたんだろうな。
応援したくなる。
「おーほんとだ。んじゃ格闘か剣術どっちがいい?」
恭介が訊くと
「あー迷いますね。恭介さんかけいさんのどちらかってことですよね」
大和はうんうん唸り始めた。
僕はそんなことより呼び方が気になった。
「さん付けされたら計算になるじゃん。やめてくれ。そもそも同い年だし」
「……そうですね。わかりました。呼び捨てにします」
大和はニコッと笑った。
「僕も恭介でいいよ」
「私も呼び捨てで」
「なんて呼んでもらってもええで」
「承知しました」
大和は嬉しそうに頷いた。
「それで、どっちがいい?」
恭介が改めて訊いた。
「……それでは、剣術で!」
「おーけー」
僕は親指を立てた。
人に教えたことなんてないけど、頑張ってやってみよう。
「僕も多少心得があるから練習付き合うよ」
これは頼もしい。
僕は教えるの結構下手だから大和のことをボコボコにすることはできても、強くすることができるかは正直分からない。
だが恭介も一緒に指導に当たるのなら安心だ。
「ありがとうございます!」
大和は元気よく僕と恭介に頭を下げた。
「血みどろ兄弟とか言われてた恭介とけいが指導者になるなんて。感慨深いね~」
天姉がしみじみとした調子で言った。
「え、なんですかその物騒なワードは……」
大和が若干引きながら訊く。
「桜澄さんに鍛えられてた頃、孤児院時代だね。夕方、修行が終わって結界の外から帰ってくるんだけど、魔物の返り血だったり自分の血だったりで毎日のように血まみれで帰ってきてたせいで周りの人間からそんな風に言われてたんだよ」
天姉が昔を懐かしむように目を細めながら説明した。
「懐かしいね」
恭介が遠い目をした。
先生のことを思っているのだろう。
今はこんなことになってしまっているが、あの頃の僕たちにとっては先生は父親のような存在だった。
「そんなこともあったねー」
僕はあまり考えないように適当に相槌を打った。
考えてしまうと辛くなるから。
「……俺もそれに負けないくらい努力して早く強くなります!」
大和は改めて決意を固めたようだ。
「体を鍛えれば魔力も増えるし頑張ろう」
恭介の言葉に大和は意外そうな反応を見せた。
「へぇ。魔力量は肉体の強さも関係してるんですね」
「うん。それと気持ちも大事」
「気持ちですか?」
僕は恭介から引き継ぐように
「強い想いには魔力を生み出す力があるんだよ」
と言った。
「そうなんですねー」
ほんとに分かってんのかな。
まぁいいや。
「だからやる気があるのはいいことだ。信念を持って取り組めよ。強い想いがお前を成長させてくれるのだ!」
僕はそう締め括った。
「はい!」
大和はニコニコしながら返事した。
この日から大和は僕たちの弟子になった。