大神大和の話
その日の夜。
次の日から出発することになり、出発前に大和のことについて知りたいと天姉が言い出した。
「俺の話とか別に面白くないですよ」
大和はあまり乗り気ではない様子だ。
「まあまあいいから話してみなさいな。お互いのこと知ってた方がいいでしょ?」
「はぁ」
「そういや急にこの世界に来たんやろ? 家族とか心配にならん?」
「うーん。どうですかね。あーじゃあそのことについて話しますか」
「聞かせたまえ」
天姉が腕を組んだ。
今からちょっと暗い感じの話をするので、先に謝っておこう。
ごめんなさい。
これで良し。
では話そう。
俺には家族がいなかった。
いや、血が繋がっていて一緒に暮らしている人たちならいた。
ただ俺はその人たちのことを家族だと思えなかったってだけだ。
表面上は取り繕えているが、心はまるで別々のところにある。
同じ家で暮らしているというだけで家族だということにはならない。
少なくとも俺はそう考えているから、俺には家族がいないのだ。
俺は戸籍上父である人を保護者A、母である人を保護者B、と心の中で呼んでいた。
俺は小さい頃からずっとBにAの悪口を聞かされ続けて育った。
それにより俺はずっとAのことを悪い奴だと思っていた。
子供の時に親から、こいつは悪い奴だと教えられれば信じてしまうものだろう。
ちょっと言い訳がましいかもしれないけど。
実際AはBに生活費を出さないとか言って脅すような奴だったから、悪い奴だという認識はあながち間違いでもなかったわけだが。
そういうわけで、子供の頃の俺の中では父親を悪、母親を正義とする価値観が形成された。
しかし、冷静に考えてみてほしい。
俺にとっては一応Aも血の繋がった親なのだ。
それは俺もAの血を半分受け継いでいるということ。
つまり俺は正義であるはずのBに自分のルーツを否定され続けていたということだ。
それに気がついた時、俺はBが正義であることに疑いを持った。
そしてある時、俺は自分でも驚くほど冷静にその答えに辿り着いた。
「自分の子供にひたすら悪口を、まるで子守歌のように聞かせ続けるような奴がまともなわけねぇじゃん」
俺の中で絶対だと信じていた正義が洗脳が解けるように崩れた瞬間だった。
それが果たして良いことだったのか悪いことだったのか。
Bが正義ではなくなったとしても、Aが悪であることには変わりない。
少なくとも俺の中のAに対する印象は変わらなかった。
しかし、俺のBに対する印象は変わった。
俺の中でBは完全に悪になった。
つまりそれは自分のルーツがどちらも悪であると知ったということだ。
なんてこった。
俺はやべー奴らをルーツに持ってしまった。
ということは、その子供である俺も当然悪である可能性が高い。
俺はすごく焦った。
俺はずっと自分は正義の味方だと思って生きてきたからだ。
しかし、俺が正義だと信じていたBは悪だった。
俺も悪だったんだ。
俺は正義と悪について考えた。
俺にとってAが悪であることは簡単に納得できることだったが、Bが悪であるということは少し難しい問題だった。
Bを悪たらしめる要素はなんであるかを考えた。
必死に考えた結果、Bは自分の痛みを俺に押し付けていたということに気がついた。
俺の中で正義が定まった。
悪が定まれば正義も定まる。
よく正義の反対は悪ではなく別の正義だと言うが、俺には難しいことはよく分からないし、何よりもまずは自分のことを悪ではなく正義だと思いたかった。
だから悪とは逆のことを俺の正義だとしたのだ。
そうして俺の正義とはBのように自分の痛みを人に押し付けるのではなく、人の痛みを引き受けて救うということになった。
それから俺は努力し始めた。
俺のいう正義を実行するためには、強くならなければならない。
人の痛みを引き受けると簡単に言っても、それは決して楽な道ではない。
こちらに余裕がなければできないことだ。
余裕は強さから生まれる。
俺は強くなるために必死だった。
俺がなぜそこまで正義であることにこだわるのか疑問に思う人もいるかもしれない。
しかし、俺には正義でなければならない理由があったのだ。
そう、俺はヒーローに憧れていた。
多分自分が苦しい時にそんな存在が救ってくれることを夢見ていたのだろう。
結局俺の前にヒーローは現れなかった。
でも俺みたいにそういう存在を求める人は数多くいるはずだ。
俺は自分がして欲しかったことを誰かにしてあげたかった。
結構ヘビーな内容だったと思うが、大和は
「こんな感じですねー」
と軽く締め括った。
「はー。家族がいるってのも大変なんだねー。とにかく大和のことを少し知れて私は満足だ! 話してくれてありがとね」
「それなら良かったです」
薄く微笑む大和に対して僕は
「これからは僕たちが仲間だ。一緒に頑張ろうな」
と声をかけた。
大和はニッコリ笑って
「はい。早く認めてもらえるように頑張って強くなります!」
と元気よく言った。