先生の話
僕たちは学校についてあれこれ考えていた。
「まさか学校に行くことになるなんてな」
生まれてこの方一度も行ったことがない僕はまだどこか夢見心地だった。
「ほんとだよなー。なんか緊張する」
同じく学校未体験であるけいは少しだけ不安を表情に滲ませていた。
「私は楽しみや」
日向は楽しみで仕方がないといった様子だった。
「久しぶりだなー」
天姉はしみじみとそう言った。
四人で話しているところに先生が来た。
「お前たちに一応アドバイスしておくことがある。俺みたいにならないためだ」
先生は開口一番そんなことを言った。
「なんですか?」
僕が訊くと、先生は
「俺は中学時代、周りに多大な迷惑をかけた」
と答えた。
先生の表情からあまり楽しい話ではないことが窺える。
先生は淡々と話し始めた。
俺が中学に入学して、しばらく経った時のことだ。
「なぁ小野寺部活やらない?」
昼休み、サッカー部のクラスメイトがそんなことを言ってきた。
「部活?」
聞き返すと、そいつはどこか興奮した様子で言った。
「ああ。お前すげー運動できるじゃん? だからサッカー部の先輩に勧誘してこいって言われてんだ」
「そうか。んー部活か」
そこにもう一人クラスメイトが来た。
こっちは野球部員だ。
「小野寺ー。野球部入らね?」
「あ、今俺がサッカー部に勧誘してんだよ」
サッカー部の奴は野球部員に抗議した。
「え、そうなの? まぁいいじゃん。野球興味ないか?」
「野球か。そうだなー。んーでも」
俺が渋っていると
「やっほー小野寺。実は先輩から小野寺を勧誘しろって言われてんだよね。バスケやらない?」
と言って、今度はバスケ部に所属している奴が来た。
「おい! なんでみんな来るんだよ。今は俺が勧誘してたの!」
サッカー部の奴は牽制するように他の二人を睨みつけた。
「えーっと」
俺はどうしたらいいか分からずにサッカー部の奴を見た。
俺の視線に気づいたそいつは
「ほら小野寺困ってんじゃん。まぁ入るか入らないかはともかく仮入部してくれね?」
と言ってきた。
「実は俺、放課後すぐ帰んなきゃいけな」
俺の言葉を聞かずに他の二人は
「あ、そうだな! それで決まりだ! 待ってるぜ!」
「絶対来いよ!」
と言って去ってしまった。
「あ、俺部活できないんだけど……行ってしまった。どうしようか」
困ったな。
んー。
一応仮入部にだけは行ってみるか。
それで改めて、自分には合ってないとか無難なことを言って断ろう。
そう甘く考えていた。
仮入部としてまずはサッカー部に行った。
「お、来てくれたか! ありがとう!」
勧誘してきた奴は嬉しそうに近寄ってきた。
すごく歓迎してくれるそいつを見ていると少し申し訳ない気持ちになった。
家の方針で俺は放課後すぐ帰宅しないといけないので、部活をすることはできないのだ。
その日、部活が終わった後。
「お前やっぱスゲーよ! なぁ一緒にサッカーやってくれないか?」
改めてお願いされた。
「すまない。やっぱり俺には無理だ。合ってない」
俺は予定通り断った。
「なんで!? お前超上手いじゃん。絶対活躍できるって!」
「俺からも頼む!」
サッカー部の先輩から両手を合わせてお願いされた。
「ほら! サッカー部のエースの先輩からこんなに熱烈に勧誘されてるのなんてお前くらいだって!」
「すみません。でもやっぱり無理です」
俺は先輩に頭を下げた。
「……そうか。無理強いはできないしな。まぁ気が変わったら言ってくれ。いつでも歓迎してるからな」
「はい」
「とりあえず今日はもう引き下がるよ。来てくれてありがとな」
先輩は爽やかにそう言った。
「はい。こちらこそありがとうございました」
そうして俺は他の部活も同じようにして断った。
その後もずっと勧誘されていたが、俺は頑なに断り続けた。
それから半年くらいして、サッカー部の例の先輩が部活を辞めた。
俺を勧誘してきたサッカー部のクラスメイトはその頃ずっと暗い顔をしていた。
ある日、昼休みになると同時に
「ちょっと来てくれ」
と言ってきた。
俺たちは特別教室棟まで黙って歩いた。
周りに誰もいなくなったところで、そいつは静かに切り出した。
「小野寺。先輩部活辞めたよ。……顧問がな、ずっとお前のことばっかり言うんだ。小野寺が入ってくれればもっと強くなるのにって。……俺は、正直この学校のサッカー部は弱いと思ってる。自分たちでも分かってんだ。でもお前が入ってくれたら絶対もっともっと強くなると思う。でも、お前はいくら勧誘しても入ってくれないからさ。……先輩は自分が頑張ってチームを強くするんだって張り切ってたんだ。顧問がお前のことばっかりで、自分たちのこと全然見てくれないもんだから、チームの雰囲気が悪くなっていってな。責任感じてたんだと思う」
「……」
俺は黙って話を聞いていた。
「それで無理しすぎたんだろうな。元々明るい人だったんだけど、部活辞める直前なんて別人みたいだったよ。ずっと辛そうにしてた。限界だったんだろうな。結局部活辞めちまったよ」
「……そうか」
「なぁ小野寺。俺はこの学校のサッカー部が好きだったんだ。全然強くなんかないけど、それでもみんな楽しく切磋琢磨してた。でも……俺も部活辞めるよ。もう、疲れたんだ」
話終えると、そいつは悟ったような顔をして
「こんなこと言われても困るだろうし、筋違いかもしれないけど。……俺は、お前を恨むよ。お前のせいじゃないことは分かってるけど、それでも、俺はお前が許せない」
そう言い残して去っていった。
悪いことは続くもので、他の部活もまずエースが辞めていき、それに続くようにポツポツと他の部員も辞めていった。
学校からどんどん部活動生が消えていった。
良くない流れが出来てしまった。
次々と部活を辞めていく流れに誰も彼も飲み込まれていった。
一見関係のないような文化系の部活も、流れに身を任せるように部員を減らしていった。
そして二年生の二学期には学校から全ての部活が消えた。
俺は学校中から白い目を向けられることになる。
「こんなことがあったわけだ」
先生はそう締め括った。
「なんか……すごい話ですね。先生らしい話だけど」
先生は学生の頃からヤバい人だったみたいだ。
「でもそれって桜澄さんが悪いわけじゃないでしょ?」
天姉が納得いかないような口調で言った。
「いや、俺のせいだ。俺は、自分が周囲に与える影響について理解していなければならなかったんだ。俺にはその意識が足りていなかった。未熟だったんだ」
「へぇ。それでアドバイスってのは何なんですか? まぁ大体察しはつきますけど」
けいの質問に、先生は僕たちの顔を順に見ながら答えた。
「お前たちは同年代の人間に比べて明らかに能力が高い。それを不用意に周りに見せびらかすことは、トラブルの原因になりかねないということだ」
けいが頷いた。
「まぁそういうことでしょうね。はい。大体理解したし、ある程度納得できます」
「能ある鷹は爪を隠すって言うしな」
日向もうんうん頷いている。
先生は満足そうに続けた。
「その通りだ。自分の力を見せびらかすのは、宝くじに当たったと周囲に言いふらすようなものだからな。自分が困っていて、それを解決できる能力を持った人間が近くにいることを知れば、その人間に頼ってしまうのは自然なことだ。それを解決してあげられるなら良いが、大勢に頼られると助けられない人間も出てくるだろう。とにかく、不用意に自分の力を誇示するようなことはしない方がいいというのが俺からのアドバイスだ」
「そうですね。もうちょっと気を引き締めて学校生活に臨もう」
学校に通うということについて今一度考えるべきかもしれないと僕は思った。
張り切る僕に対して先生はこう付け加えた。
「まあでも、絶対に自分を低く見せなければならないわけでもない。どうするかはお前たち自身が決めることだ。必要な時は全力で取り組め」
「はい。通い始める前にそういう方針とか色々考えとくか」
僕がそう言うと、けいが手を挙げた。
「僕が考えようか? どんな生徒であるように振る舞うのか」
「お、頼める?」
「任せろ。今物語書いてるんだけど、そういう設定とか考えるの結構楽しいんだよね」
「そっか。まぁそれじゃ任せるよ」
けいに任せておけば多分大丈夫だろう。
多分。
「私は自分で考えるからだいじょぶ」
天姉はひらひらと手を振った。
「私も多分自分でなんとかできると思うわ」
日向もパスした。
「おっけー。じゃあ自分と恭介の分だけ考えてみる」
こんな感じで僕たちは学校に向けてあれこれ考えていた。