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養子

 早乙女さんたちが襲撃してきたり、花火で遊んだりした次の日。
僕たちは全員リビングに集まっていた。

そして先生が真剣な顔して
「決着をつけよう」
と言った。
僕たちは顔を見合わせて首を傾げた。

「どういうことですか?」
僕がそう訊くと先生は
「俺たちの今の関係性は誘拐犯と被害者だ。それを終わらせよう」
と答えた。

「つまり?」
けいが訊くと、先生はしばらく間をおいて
「……俺は自首する」
そう言った。

「え!? マジですか? 先生捕まるの?」
けいが叫ぶように訊いた。

先生は頷いた。
「罪を償わないとな」

「そんな……急に……」
僕はどうしていいか分からずに視線をあちこちに漂わせた。

しばらく沈黙があったが、やがてゆずが表情を硬くして
「私も一緒に自首します。二人でやったことです」
と言い出した。

「ゆずは駄目だ」
先生は即座に却下する。
しかしゆずも頑固だ。

「何が何でもついていきます」
と言って譲らない。

「いや、しかし……」
先生はゆずの顔を見て言葉を詰まらせた。

げんじーがフォローするように僕たちの方を見て言った。
「自首したとしても桜澄たちが捕まるかどうかはお前たち次第じゃがの」

「そっか。僕たちが被害届出さなきゃいいのか」
けいが納得したように手のひらをポンと叩いた。

「……俺のことを訴えていいんだぞ? お前たちにはその権利がある」
先生が僕たちの顔色を窺うような口調で言った。

僕はかぶりを振って答えた。
「先生は大切な家族ですよ? そんなことしません」

「……そうか」
先生は控えめに微笑んだ。

それを見てげんじーは一度頷くと
「文弥に相談するかの」
と言った。

「なんで望月さん?」
けいが訊く。

「あいつ弁護士なんじゃよ」
「えーそうなんだ! すごいな。武闘派弁護士か」
けいが場違いなほど明るい声でそう言った。


 それから先生とゆずは自首した。
あんまりよく分からなかったけど、結局不起訴になったみたいだ。
未成年者誘拐罪は告訴がないと起訴することができない、親告罪というものらしい。


 先生とゆずの不起訴が確定する前。
八月は終盤になり、桜が帰ることになった。
みんなで駅まで行って見送ることにした。

「お世話になりました!」
桜が元気よく言った。

「うん。また来てね」
僕は軽く手を振った。

「はい! 恭介さん! 毎日電話しますね!!」
「毎日か……」
「毎日電話しますね!」

「いや……」
「電話しますね!」
「分かったって」
渋々頷いた僕を見て天姉が苦笑いしていた。

そして桜は鬱陶しいくらい良い笑顔で
「では……帰ります!」
と言って敬礼した。

天姉も敬礼した。
「元気でね!」
「はい!」

「気をつけて帰りなよ。達者で」
「はい! けいさんこそ」

ゆずが桜を見て言った。
「寂しくなりますね」
「せやなー」
日向も頷いて同意する。

「またの」
げんじーは軽く手を挙げた。

「水野さんによろしく言っといてくれ」
先生がうちで採れた野菜を渡しながら言った。

「おー! ありがとうございます! よろしく言っときます」

最後に僕が挨拶した。

「じゃあね」
「はい! 本当に色々お世話になりました。ありがとうございました!」

やかましいくらい手をブンブン振って、桜は帰っていった。


 その後しばらくして先生とゆずの不起訴が決まった時、僕たちの立場が確定した。

なんかよく分かんなかったけど、先生が僕たちの未成年後見人になるとかなんとかかんとか言ってた気がする。

問題はけいだ。
けいには戸籍がなかった。
多分けいは捨て子なのだ。

それを知った時けいは
「ってことはあいつらと血が繋がってるわけじゃないのか。それは素直に嬉しいな」
と言っていた。

ともかくなんやかんやあって、けいは養子縁組をして先生の養子になったようだ。
つまり、小野寺けいになったのだ。

色々あったが、僕たちは不安定な立場から脱した。

ということは
「私たちもう後ろめたいことないし、学校とか行けるんちゃう?」
ある日、日向がそう言った。

「あ、そうなるのか」
確かに、と天姉が頷く。

「どうなん桜澄さん?」
日向が期待を込めた目で先生を見る。

先生はその期待に応えるように
「日向は学校に行きたいと言っていたな。よし。じゃあ準備するか」
と言った。

日向はぱっと表情を明るくした。
「よっしゃー! すげー! 一般人になれる! やっと普通の子供みたいなことができるんや!」

先生はそんな日向を見て申し訳なさそうな顔をした。
「今まで行かせてやれなくてすまなかった」

「これから取り戻すからええよ」
日向は先生に優しく笑いかけた。

「そうか。……ほどほどに、無理せず頑張れ。お前たち三人はどうする?」
先生は僕たちの方を見て訊いてきた。

「行ってみたいな」
僕は素直にそう言った。

「僕も」
けいも同じ気持ちのようだ。

天姉も一瞬悩む素振りを見せたが
「んー。今しかできないことだろうし、久しぶりに学校ってとこに行くのも悪くないかも。私も行きたいです」
と答えた。

「よし。分かった。任せろ」
先生は力強く頷いた。

僕とけいと日向にとっては初めての、天音にとっては久しぶりの学校生活が始まろうとしていた。

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