関係性
九月中旬。
家に一つだけある固定電話に電話がかかってくる頻度は、最近減っていた。
昨日はかかってこなかったが、今日はかかってきた。
かけてくるのは言うまでもなく桜だ。
「いや~毎日電話すると言ったのに申し訳ないです」
「だから毎日かけてこなくてもいいって」
「そんなこと言わないでくださいよー。いやー実はですね。私受験生なんですよ」
「そうなの? ってことは今中三?」
「はい! 勉強頑張ってます。そんでやっぱ電話できないときもあるんですよー」
「一個下だったんだ。知らんかった」
「言ってなかったですもんねー。恭介さんたちも今度学校に行くことになったんでしたよね?」
「うん。学校とか初めてだからちょっと緊張してる」
「普通にしてりゃいいんですよ。あなたたちなら大丈夫です」
「そっか。そういや桜はどこ高に行くの?」
「あ、それなんですけど。恭介さんたちはまだどこ行くか決めてませんでしたよね?」
「うん」
「特にこだわりがないなら一緒の高校行きません?」
「あーそれも良いかもね。んでどこ行くの?」
「地元の高校です。
「聞いたことない」
「学校名は
「心が広そうだな」
「はい。自由な校風が売りらしいです」
「はぁー。まぁみんなと相談してみる」
「はい! では今日はこの辺で。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
もし同じ高校に行くことになったら僕とけいが二年、天姉が三年、桜が一年だからバラバラになるのか。
それは少し残念な気はするが、同じ学校にいれば話せる機会もあるだろう。
みんなで同じ学校に行くのは結構いいかもしれない。
数日後。
電話がかかってきた。
「お久しぶりです」
「たった数日ぶりだけどね」
「高校の話どうなりました?」
「正直どこでもいいし、桜も行くなら豪落高校にしようかって話になってる」
「おー! それは嬉しいですね! それじゃあ今度オープンスクールがあるみたいなので、みんなで行きませんか?」
「んーっと。それは体験入学みたいなこと?」
「ですです」
「んー。それじゃ」
僕が答えようとしたところで
「恭介ー風呂あがったよー。あ、桜ちゃんと電話?」
風呂上がりの天姉がやってきた。
「うん」
「高校のこと言った?」
「今話してるとこ」
「私も話したい!」
「その前に服を着てこい」
「承知!」
天姉は自分の部屋に走って行った。
「相変わらずみたいですね」
「こっちは変わりないねー。桜は勉強順調?」
「ばっちりですね。私は優等生なので」
「そげな馬鹿な」
「ほんとですよ失礼な! 恭介さんの方こそ大丈夫なんですか~?」
「多分ね」
僕たちは先生に勉強を教わってきた。
先生は何でもできる。
教えるのも上手だ。
この家に来てからは、基本的に勉強と戦闘訓練ばっかりしてきた。
周りに何もないので他にすることもなかったからだ。
どのくらいの学力が必要なのかは知らないけど先生は、
「苦労しない程度には育て上げたつもりだ」
と言っていた。
先生がそう言うのだから多分大丈夫だろう。
「服を着てきたぞ。あとけいも連れてきたよー」
天姉とけいがきた。
固定電話のスピーカーボタンを押す。
「やっほー桜ちゃん! ひっさしぶりー!」
「久しぶり~」
天姉もけいも電話に向かって手を振る。
「ご無沙汰してます!」
「高校の話してたんだよね?」
「そう。今度オープンスクールってやつがあるらしいよ」
「みんなで行きませんか?」
「そうだね。行ってみよっか」
「異論なし」
「僕もいいよ」
「決まりですね。いや~楽しみです!」
あとで先生に申し込んでもらおう。
この前学校に行くと決まったときから思っていたが、なんだか現実感がない。
自分が学校に行くなんて実感がわかない。
楽しみでもあるし、少し怖くもある。
まだ豪落高校に行くと確定したわけではないけど、桜も行くし多分この学校を選ぶことになるだろう。
一体どんな学校なのだろう。
けいが小野寺けいになった時のことだ。
「これからは父さんって呼んだ方がいいですか?」
「いや、これまで通りでいい。呼びたいならそれでもいいが」
「んー。じゃあとりあえずは今まで通りにします」
先生は黙って頷いた。
「先生が父親か。そんじゃ母親はゆずになるのか?」
「あー確かに?」
「いや違うだろ。ゆずは市川だ」
「そんなこと言ってないで、いい加減結婚したらどうですか~?」
天姉が先生の脇腹をつつく。
「そうだよー。ってかなんで結婚してないんですか?」
けいも同じように先生をつつく。
「ほんとだよなー」
そう言って僕も先生をつつく。
「私は小野寺結輝でもいいですよ」
ゆずはそう言うが、先生が首を縦に振ることはない。
「なんでそう頑ななんじゃろな~」
げんじーも加わり四人で先生をつついていると、先生が口を開いた。
「夫婦が関係性の頂点というわけではない。俺たちには俺たちに適した関係性がある。それだけだ」
それを聞いた僕たちは先生をつつくのを止め、その言葉について考えた。
「……うーん。納得できるようなできないような」
「先生の気持ち的にはどうしたいんですか?」
「現状維持だ。今の関係が俺たちに適してると思う」
「めんどくさいな、この先生野郎」
けいが悪態をつく。
「先生はゆずのこと好きですよね?」
「ああ。大好きだな」
「だったらゴチャゴチャ言わずに結婚すればいいのに」
そこに日向がやってきた。
「まあまあその辺にしとき。そんなん本人たちが決めればええことで、外野がギャーギャー言うことやあれへん」
「外野っつったって家族じゃん」
「親しき中にも礼儀ありや。とにかく、この話は終わり! ごはん食べよ?」
結局僕たちの中で一番大人なのは日向なのかもしれない。