212 マナト、いまの日常①
ラクダをラクダ舎に帰した段階で、キャラバンの任務は完了。
3人は各々、持参した毛布や服、道具など、自分の荷物を背負った。
「そんじゃ、また後でな~」
「うん、大衆酒場で~」
「それじゃ~」
ミトとラクトが、自宅のほうへと戻ってゆく。
マナトも自分の家へ向かって歩き出した。
ラクダ舎のある村のはずれでは、ラクダの他にも羊や馬などを飼っていて、羊達の鳴く声や聞こえたり、木の柵の中で馬が走っているのが見えた。
これが、いまのマナトの、いつもの光景だ。
やがて、村の中心部へ。
石造りの建物の間を縫うように、マナトは歩いてゆく。村の中央広場を通るより、こちらのルートのほうが少し早く自宅へ戻れる。
「あら、マナトくん」
洗濯物をしている婦人達がいて、その中の一人に声をかけられた。近所の顔見知りの方だ。
「どうも、ご婦人」
「交易の帰りだね。いつもお疲れさま」
「ありがとうございます」
婦人はギザギザしている木の板、いわゆる洗濯板に服をゴシゴシ、時おり石鹸を滑らせながら、服についた汚れを取っている。
昔ながらの手法による、洗濯。この村には、洗濯機はない。
科学文明という点においては、かつてマナトがいた世界とは、天と地の差があるほどだ。
ただ……。
もう一人、別の婦人が石鹸のついた何枚もの服を、すすぎ用の桶に入れた。
そして、水壷を持つと、
――シュシュシュ……。
水壷から、水が勢いよく出てきた。
この水壷には、マナが込められていて、大量の水を出すことができる。
婦人はその水で、服をすすいで、ギューっと縄のように水気を取って、パンパンっとはたき、手際よく物干し竿へ。
「ほい、いっちょあがり!」
あっという間に、洗濯された服が風に揺られていた。
洗濯だけではなく、湯を沸かすときは炎のマナの宿った石を利用したり、物を冷やす時には、氷のマナの宿った木箱に入れたり……。
科学文明というものがない代わりに、マナという不可思議な力が、この世界にはあり、その力を、人々は随所で利用することで、日々の生活の向上に役立てていた。
このヤスリブという世界、生活水準は、マナとというエネルギーがあることによって、決して高いとはいえないが、低い訳でもなかった。
「それじゃ、ご婦人」
「ゆっくり休んでね」
マナトは婦人達と別れ、自分の家へ。
石造りの住宅街な所狭しと立ち並ぶ先、他の家よりも一回り小さな家が見えてきた。
いまの、マナトの家だ。
カギは、かけていない。
これは、ステラにコスナのお世話をしてもらうためでもあるが……。
それにしても、カギをかけないとか、少し前までは考えられないことだった。
この村のみんな、家にカギをしていない。カギをする必要が、ないからだ。いつの間にか、マナトもカギをかけなくなっていた。