211 ケント商隊の帰還
「はい、いつもの」
店主は、ケントに小さな酒樽を差し出した。クルール地方ではよく飲まれている、白濁したフルーティーな酒が入っている。
「ありがとう」
ケントは酒をグビっと飲んだ。
「ふぃ~。染みるぜ~」
ケントは言いつつ、大衆酒場内を見渡した。
昼でも屋内は少し暗めで、落ち着いた雰囲気の大衆酒場の中には、テーブル席で数人が話し込んでいるのみで、カウンターには、ケント一人しかいなかった。
「今日はあんま、入ってないな」
「ああ。キャラバンのみんなが、交易に出払っているからな」
「それでか」
「というか、昼前から酒を飲む輩なんて、お前達キャラバンしかいないんだよ、ははは」
笑いながら、店主は言った。
一方、ミト、ラクト、マナトの3人は、ラクダ達を、村の外れにあるラクダ舎のほうへと連れ帰っていた。
「んん~!」
ラクトが背伸びした。
「いや~、やっと帰ってきたぜ~」
「やっぱり、村は落ち着くね~」
「帰ったら、とりあえず飯食いたいな」
「僕はお風呂に入りたいかな」
「そんで、夜は大衆酒場集合みたいな」
「フフッ、だね」
ラクトとミトが話しながら、先頭を歩いている。
マナトは後方を歩きつつ、ラクダに乗せた荷の中から、今回の運搬依頼中に自分でメモした紙を取り出していた。
――十の生命の扉か。
岩石の村で見た、十の生命の扉の彫刻。
苦しみの扉、欲望の扉、修羅の扉、安らぎの扉、知恵の扉、天の扉……これを通常、人間の持つ6つの生命の扉としている。
その先にある7つ目の扉。さらに、その先にあるとされる、10まで続くとされる扉。
……どういうことだろうか。
自明になっている6つの扉は、なんていうか、人間が持っている感情というか、心の状態というか、そんな感じだ。
マナトは紙を見ながら、他の4つの扉がなんなのか、考えを巡らせていた。
「マナト。そろそろ、到着するよ~」
「あっ」
ミトの声がして、マナトは顔をあげた。
灰色の石の壁に、木造の三角型の屋根の掘っ立て小屋風の建物。それが、いくつも建っている。
キャラバンの村のラクダ舎が、もう目の前だった。
ラクダ達とともに、ラクダ舎の屋内へ。
「他のラクダ達、少ないね」
「みんな、交易に行ってるんだろうね」
ミトとマナトは、ラクダ達を繋いでいた縄を、一匹ずつ解いてゆく。
縄を解かれると、ラクダ達は用意されているエサを食べ始めたり、水場に行って水を飲んだり、思い思い、リラックスした様子で過ごし始めた。
「今回も、お疲れさま」
マナトはラクダ達に労いの言葉をかけ、近くにいた一匹に、ポンポンと背を叩いた。
――フォア~。
「おっ、鳴いた」
「無事に自宅に帰って来れて、安心したってところだな」
「人間と一緒だね」