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 サミュエル達を妻の自室に案内したミスティ侯爵は単騎でブラッド侯爵家に急いでいた。
 何があってもオピュウムは守らなくてはいけない。
 すでに次回栽培分の種以外は全て焼却処分し、ブルーノ小侯爵が残りの種を王宮に隠しているはずだ。
 とにかく現状を伝えなければ……
 ミスティ侯爵の頭の中は、そのことで一杯だった。

 同時刻のミスティ侯爵夫人の寝室では、サミュエルが瀕死の怪我を負っているイーサンを抱き起こしていた。
 サミュエル達に向かってきたのは、騎士としての訓練は受けていないものの、命を捨てた者だけがもつ独特な気配があった。
 切っても立ち上がり向かってくる。
 レモンは何度も剣を振るいながら、心が折れそうになっているのが手に取るようにわかった。
 これ以上彼女を留まらせては、今後の仕事に影響を及ぼす……そう考えたサミュエルは残党を一手に引き受け、レモンとジュライを執務室に向かわせたのだった。
 二人が戦線離脱したというのに、グルックは気にも留めていない。

「これ以上来るなら命の保証はしない」

 近衛騎士隊長としてゴールディ王家騎士団の頂点に君臨してきたサミュエルにも矜持がある。
 素人相手に殺戮剣など使いたくはないのだ。
 しかし、落とした菓子に群がる蟻のようにわらわらと湧き出てくる不気味な集団に、これ以上の時間を割くわけにはいかない。

「そうか……死にたいか……それなら仕方がない」

 サミュエルは長剣を構えなおした。
 容赦なく喉を切り裂く太刀筋を繰り出しながら、ふとサミュエルは思った。
 アルバートとキースは何処に行った?
 もしかするとすでに……
 そう考えてしまったサミュエルは、なぎ倒すようにグルックの信者たちを切り伏せた。
 そんな地獄絵図の中を、グルックは悠々とシェリーの頭を掴んで歩き出す。
 苦痛に顔を歪めながらもシェリーがサミュエルに言った。

「エドワードを……そこに倒れているエドワードを死なせないで」

 サミュエルは小さく頷いて動きを止めた。
 室内で動いているのは自分とエドワードのマントを羽織っているイーサンだけだ。
 チラッとイーサンに視線を投げたが、すぐに廊下で倒れているジューンに駆け寄った。
 いくら手練れとはいえ短剣と暗器だけで捨て身の男たちに囲まれては多勢に無勢で勝ち目は無かったのだろう。
 ジューンの利き手は肘から先が幾筋もの切り傷で無残なことになっていた。

「ジューンだったか? 大丈夫か?」

「申し訳ございません。シェリー妃殿下を奪われてしまいました」

「こちらの読みが浅かったようだ。君はよく頑張った。君はもう……」

「いいえ! 足手まといにはなりません。腕はやられましたがあと1本は使い物になりますし、脚は無事です。どうぞご指示を」

 サミュエルは一瞬迷ったが、自分だったら同じことを言うと思いジューンの望みを叶えることにした。

「わかった。君は隠れながらついてこい。得意の武器で隙を作ってくれ。後は私と黒狼が何とかする。雑魚は構うな。狙いはグルックただ一人」

 サミュエルはジューンに肩を貸しながら、イーサンの側に行った。
 
「何処が一番まずそうか?」

 イーサンがギュッと瞑っていた目を細く開けた。
 
「ほぼ全部です。僕よりシェリーを……シェリーをお願いします」

 サミュエルは答えず、自分のマントを引き千切り、手際よく止血を始めた。

「どうか! お願いです! 殿下!」

 イーサンが涙ながらに訴えた。

「当たり前だ。心配するな」

 執務室には本物の黒狼がいるはずだ。
 あの男なら今は任せるべきだろう……それよりこのまま放置したらイーサンは失血死するだろう。
 

「必ずやり遂げる。お前はここを動くな」

 サミュエルはできるだけの処置を施して立ち上がった。
 ジューンも立ち上がり、サミュエルに向かって頷いた。

「行くか」

「お供します」

 イーサンを見ると、少しだけ安心したような顔をして意識を失ったようだった。
 サミュエルはまっすぐに侯爵執務室に向かった。
 少し離れてジューンが警戒しながら進む。
 開け放たれているドアから、グルックの声が漏れていた。

「優しい君ならではの言葉だけれど、この女は連れて行くよ。この女の夫は父親の所に行っているだろう? 戻ってきたときに面倒だからね」

 サミュエルが剣を片手にぶら下げたまま口を開ける。

「それは困るな。我が国の皇太子妃だぜ?」

 グルックがゆっくりと振り返る。

「お前がここに来たということはエドワードは死んだか! ははは! そうか! 死んだか! この女の恋人が一人減ったわけだ。ん? なぜそんな顔をしているんだ? まさかお前もなのか? そうか……しかし最低な女だな。やはり信じられる女は妻だけだ。女という奴はどいつもこいつも金と権力で売る媚を変えやがる! 実に汚らしい生き物だ!」

 ふと見るとグルックの目が憎しみに歪んでいる。
 もともと狂気を宿していた目だったが、今はその中に怨嗟の念が溢れているようだった。

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