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 何度も頭を揺さぶられて意識を取り戻したシェリーの目に、王妃の顔が映った。

「王妃殿下…… お義母様……ご無事で……」

 王妃は涼しい顔のまま頷きながら答えた。

「ええ、私は大丈夫よ。それにしても酷い姿になってしまっているわ。なぜメイド服などを着ているの? みっともない」

 冷徹な言葉だが、その瞳には温かみがあった。

「私は王宮で攫われてしまって、着替えが無かったのです」

「まあ、そうなの? 本当なの? サミュエル殿下」

「ええ、本当ですよ。やっと戻されたと思ったら今度はこんなことになって」

「それは大変ね。ねえグルック、この子は悪い子ではないの。少しだけ頭が悪くて、少しだけ判断力が低い子なのよ。それにアルバートの妻でしょう? 少し休ませてあげたいわ。良いでしょう?」

 口調は静かだが、絶対に頷かせるという気持ちが溢れている。
 グルックは浮かべていた笑みを納め、王妃に向かって言った。

「そうだなぁ、君の願いなら何でも叶えてやりたいところだけれど、時間があまりないんだよ。ここは我慢してくれないかな」

「我慢は嫌いよ。知ってるでしょう? それならいいわ。私は一緒には行かない」

「そんなこと言って困らせようなんて悪い子だね。わかったよ、負けた。そうだなぁ1時間くらいでいい?」

「ええ、十分よ。着替えさせるから部屋を変えるわ。そうねぇ……ローズの部屋なら良いでしょう?」

「ああ、いいよ。そこに隠れているメイドも連れて行きなさい。君だけじゃ着替えさせられないだろう?」

「わかったわ。私も少し休むから、お話しが終わったら迎えに来てちょうだい」

 そう言うと、王妃はさっさと歩き出した。

「早く来なさい。本当に愚図ね」

 シェリーはのろのろと立ち上がる。
 サミュエルが手を貸そうとして近寄ると、グルックが腰に差していた長剣の鞘で制した。

「おいおい、グリーナじゃあ女性を一人で立たせるような無粋なことをするのかい?」

「フンッ! 僕にとっての女性はこの妻だけなのでね。他はゴミさ」

 心配そうな顔のサミュエルに頷いて見せてからシェリーはゆっくりと部屋を出る。
 ドアの影からジューンが姿を現した。
 その無残な状態を見たイーサンの振りをしているエドワードが息を吞む。
 その目には怒りの炎が燃え上がった。

「おいおい! あのメイドの姿はなんだ! お前……あんな少女になんてことをした!」

 グルックが振り返りもせずに言った。

「少女だと? 笑わせるな。我が信者を壊滅させるような怪物がただの少女なわけ無いだろうが。ゴールディかバローナか知らないが、まあそう長くは無いだろう。せいぜい手厚く弔ってやることだな。ところでイーサン、貴様の望みはなんだ?」

 イーサンと呼びかけられたエドワードがふとグルックに視線を向けた。

「望み?」

「ああ、何を目指してあの辺境から出てきたんだ? お前の頼みの綱のエドワードは死んだみたいだが、まだ足搔くのか?」

「そうだな。ゴールディもバローナもグリーナも世代交代の時期だろう? 一気にかたをつけたいと思っている」

「お前が辺境伯を継ぐとでも? エドワードならまだしも、お前は一介の騎士だ」

「エドワードの意志さ」

「まあ僕には関係ない話だ」

「お前こそ何を望んでいる?」

「もちろん愛する妻との平穏な暮らしだ。妻はヌベール領で静かに暮らしたがっている。誰が領主でも構わんが、僕たちの暮らしの邪魔はさせない」

「ヌベール辺境伯が頷くとでも?」

「頷かねば消すまでだ」

 サミュエルが静かに言った。

「辺境伯は王宮で死んだ」

 グルックとエドワードが同時にサミュエルを見た。

「本当か?」

「間違いない」

 いきなりグルックが笑い出した。

「手間が省けたな。最初からずっと同じことを言っているのに、誰も素直に受け取らないから面倒になっていたんだ。人の言葉の裏ばかり探りやがって。裏なんてないって言ってるのに聞きもしない。バカな奴らだ」

「最初から? どういう意味だ」

「だから! 僕は最初から妻と共に静かに暮らせる土地を寄こせと言っているんだ。そこに僕を慕う者たちを集め、パラダイス国を作るんだ。前世からずっと魂で結ばれている妻と共に、僕を信じる者たちとだけで生きていく。そんな場所だよ」

 狂っている……と二人は思った。
 サミュエルが口を開く。

「何処でも良いのか?」

「ああそうだ。まあ寒いより暖かい方が良いし、肥沃な土地の方がいいな。災害も無く領民たちも穏やかで勤勉な方が望ましい。ああ、海か湖があればなお良い」

 空中に視線を投げて夢物語をうっとりとした顔で語るグルック。

「多すぎるほど条件があるんじゃねえか」

 エドワードが吐き捨てるように言った。
 グルックが現実に戻ってきた。

「そうか? でも妻がヌベール領が良いと言い出してね。あそこは寒そうだけど妻の望みなら我慢するつもりだ。それに信者達もほとんどいなくなってしまったから出来上がっている場所の方が楽でいいな」

 そう言ってサミュエルを睨みつけるグルック。

「オピュウムが目当てか?」

 サミュエルが慎重に聞く。

「あれは金になる。辺境の地をオピュウムの独占栽培地にするつもりだ」

「バカなことを!」

「ん? なぜだ? お前たちのような凡夫より僕の方が上手くやれるさ。まあ黙って指を咥えていろよ」

 その頃、ローズの部屋に向かった王妃とシェリーは、ソファーに座っていた。

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