第158話 決定事項
他国の国家研究の機密情報尾を知ってしまった俺達の元に、その国の憲兵団がやってきた。
そして、俺たちが大きな誤解をしていると思った憲兵団は、俺たちをモンドル王国に招くと言い始めた。
当然、俺がする答えは決まっている。
「いや、やめときます」
「……なぜでしょうか?」
憲兵団のモルンは俺の返答に対して、きょとんと小首を傾げていた。
なぜって、そんなの決まっているだろ。これ絶対に連れていかれたら、ダメな奴に決まっているからだ。
秘密を知ったからその国に連れていかれるとか、帰ってくることができなくなる未来しか見えない。
しかし、当然そんな馬鹿正直に理由を言う訳にはいかず、俺は少し言葉を考えた。
「あれです。冒険者として日々依頼を受ける毎日なんです。他国に行く余裕がないんですよ」
最も冒険者らしいような発言。特に違和感もない発言だし、これなら怪しまれないだろう。
「モルンさん、これを」
そんなふうに安心していると、ノアンが一枚の紙をモルンに手渡した。そして、それに視線を落としたモルンは、それを見てから何かを考えるように小さく唸っていた。
「ここ最近、急に冒険者ギルドでクエストを受けることが増えたそうですね。なぜ急に?」
「……まぁ、最近クエスト行えてなかったので、その分頑張ろうかと」
「なるほど。そうでしたか。私ったら、変に勘違いしてました。すっかり、私達を避けるためなのかとばかり」
「はははっ、まさか」
急に確信を突くようなことを言われて、俺は動揺する心を必死に隠した。
ノアンが手渡した紙。それに何が書かれているのか分からないが、最近の俺たちの行動について書かれていることだけは分かった。
まさかとは思うが、ただ悪戯に事情聴取までの時間を引き延ばした結果、俺たちの身辺調査をする時間を与えただけになったりしてないよな?
そんな俺の心配を知ってか知らずか、モルンはそのまま言葉を続けた。
「冒険者たちの中でも一目置かれており、お金を結構持っているという噂もあり。……でしたら、お金のためにクエストを行っている訳ではないんですね?」
「し、市民の安全のためにですね」
「なるほど。あっ、いい情報がありますね。丁度、モンドル王国に向かう途中で、大型魔物の討伐のクエストがあるみたいですよ。街の人も困っているそうです。ぜひ向かいましょうよ。そこまで馬車でお送りするので」
モルンは初めからその言葉を引き出そうとしていたのか、用意していたような言葉をつらつらと話し始めた。
「その魔物を倒した足で、モンドル王国に向かいましょうよ。馬車台と食事代、宿泊費などはこちらが負担しまよ」
「いえ、でも、ですね……」
明らかに相手のペースに乗せられてる。そう思って、急いで軌道の修正を図ろうとしたが、すでにタイミングを逃していたみたいだった。
いや、事情聴取が始まった時点で、すでにこうなることは決まっていたのだろう。
「それとも、何か我が国に来たくない理由があるんですか?」
モルンはどこか意味ありげな表情でそんな言葉を口にした。
ここまで言われて断りでもしたら、いよいよ俺たちが何かを知っていることがバレてしまうだろう。
それなら、もう仕方がないか。
俺は心の中でため息を一つ吐くと、このお誘いが本当に裏のないただの招待である可能性にかけることにした。
「……分かりました。でも、向かうのは俺だけにさせてください」
せめて、危険なことに二人を巻き込むわけにはいかない。
これが落としどころだろう。
「いえ、私達も一緒に向かいますよ」
「きゃんっ」
「え? いや、」
モルンの返答を聞く前に割って入ってきた二人の声。俺がそれを断る間もなく、モルンとノアンは静かに席から立ち上がった。
「分かりました。明日の朝にこちらにまた来ますので、それまでに準備をお願いしますね」
二人はそう言い残すと、満足げな顔をして屋敷を後にした。
「……なんで、一緒に付いてくるって言ったんだ?」
二人を見送ったあとの玄関口で、俺はあのタイミングで割って入ってきた二人の真相を聞くために、そんな言葉を口にしていた。
少しだけぶっきらぼう気味になってしまった言葉。
それも仕方がないだろう。せっかく作ろうとしていた妥協点を、味方によって潰されてしまったのだから。
「私、アイクさんの助手なので」
「いや、そういうのじゃなくて……今回のは明らかに危険だろ」
「そうですよ。だから、一緒に行くんです」
「え?」
思いもしなかった返答に、俺は間の抜けたような声を漏らしていた。
リリの方に振り向いてみると、リリは少しだけ怒っているように頬を膨らませていた。
「そのために、修行をして力をつけてきたんですから。アイクさん一人にはさせません」
「きゃんっ!」
その言葉には、はっきりとした意思が感じられて、その言葉を裏付けるような自信も感じられた。
危険だから一緒に行く。
そんな矛盾しているような返答に、俺は思わず吹き出してしまった。
「あ、アイクさん?」
急に噴き出した俺を少し心配するようなリリを、俺は片手で制しながら言葉を続けた。
「いや、なんでもない。そうだな。そこまで言うなら分かった。いや、何かあったら頼むぞ」
「はいっ、任せてください!」
俺の言葉を受けて、リリは屈託のない笑みを浮かべていた。
とても、これから危険な場所に向かうような顔ではない。
そんなリリの表情に少しだけ癒されて、俺は硬くなっていた肩の力を少しだけ抜くことができたみたいだった。
こうして、俺たちはみんな揃って、モンドル王国に向かうことが決定したのだった。