第159話 見せるプレイ
モンドル王国に向かうことになった俺たちは、モンドル王国からやってきた憲兵団の人たちが用意してくれていた場所に乗り込んで、王都ミノラルを出た。
それも、ただモンドル王国に向かうのではなくて、その途中にいる大型の魔物を倒すという依頼付きである。
結局モンドル王国に向かうことになるのなら、変に言い訳しないで素直に従っていれば良かったと後悔しながら、俺たちはワイバーンが出たという場所に向かっていた。
「いいか。ワイバーンをよりスムーズに倒すことが、今回の旅をする上での一番の防衛策になる」
そして、俺たちはその道中で作戦会議を行っていた。
俺たちの前を走る馬車に乗るモルンとノアンに聞こえることはないが、この馬車の御者にも聞こえないように、俺は声のボリュームを下げてリリとポチに今回の作戦について話をしていた。
「ここまで来た以上、引き返すことはできない。だから、せめて俺たちが強いことをアピールしておこう」
「簡単に倒せないと思えば、始末するのを躊躇うかもしれないってことですね」
「くぅん」
「ああ。そう思わせるには、圧倒的な強さを見せる必要がある。中途半端に強い所を見せても、逆に危険な奴だと思って消されかねないからな」
とりあえずの目標は、俺たちの先頭を馬車で走る二人に、俺たちには絶対に敵わないと思わせること。
俺たちの身辺調査もしていたようだし、モンドル王国に戻ったらその情報を上司に渡すはずだ。
それなら、その時に『絶対に敵わないから、すぐに帰した方がいい!』という情報を報告してくれるくらい、圧倒的な力の差を見せつけた方がいい。
「だから、今回は俺に相手をさせてくれ」
「分かりました。私達はそれが当たり前みたいな顔して立ってきます!」
「きゃんっ!」
なんとも頼りになるとは言い難い援護だが、今回ばかりはその対応がありがたい。
こうして俺たちは、必要以上に見せるプレイでワイバーンを倒すことになったのだった。
「一緒に来てくださるんですか?」
「ええ、せっかくですので、ミノラルで一目置かれている冒険者の戦いを見てみたいなと思いまして」
モルンは落ち着いた様子でそう言うと、俺たちの後ろをついてきた。こちらから誘う手間が省けたのは嬉しい誤算だ。
……まさか、俺たちが逃げないように監視のためってことはないよな?
うん、さすがにそれは考え過ぎだろう。
俺たちはしばらく馬車で移動していたが、ワイバーンがいたという報告があった辺りが近くなったので、馬車から下りて山を登っていた。
「えっと、本当にみなさんだけでイバーンに挑むんですか?」
俺たちの後ろを歩いていたノアンは、困り眉のまま少し不安そうに、そんな言葉を口にした。
一般的にワイバーンを倒す人数としては、『道化師の集い』は少なすぎる。ポチのことをずっと子犬と勘違いしているノアンからすると、実質的に二人でワイバーンに挑もうとして見えるのだろう。
当然、不安にもなるか。
「いえ、ワイバーンの相手なら俺一人でやります」
「……はい?」
俺の返答を受けて、落ち着いた表情をしていたモルンもさすがに表情を崩したようだった。
聞き間違いを疑うような、虚を突かれたような反応。
……中々悪くない反応だな。
「ワイバーンくらいなら、一人で大丈夫ですよ。問題ありません」
「も、問題ないって、相手はワイバーンですよ」
「アイクさんの手に掛かれば瞬殺です」
「きゃんっ!」
どこかコバンザメ風の反応になってしまった二人の援護もあってか、モルンとノアンは言葉を失って驚いているようだった。
これだけ評価を上げておけば、十分だな。
「……向こうから来たみたいだな」
「「はい?」」
丁度準備を整えたくらいのタイミングで、上を見上げると大きな影が上空を通った。
そして、こちらが戦闘態勢を取るよりも早く、その影は俺たちの前に下りてきた。
深緑色の鱗に大きく広げられた翼。だらりと垂らされた尻尾が動いて砂ぼこりを引き起こし、鋭い爪は地面に食い込んでいた。
「キシャアアアア!!」
鋭い牙を剥き出しにして、こちらに威嚇してくる様はワイバーンの名に相応しい佇まいをしていた。
「あれ? でかくない?」
見たことのあるワイバーンよりも一回りくらい大きな体を前に、俺は思わずそんな言葉を漏らしていた。
体が大きいせいか、荒々しく見える鱗と牙が特徴的だった。
「ほ、本当に一人でやるんですか?!」
俺の後ろにいるノアンが不安と驚きが混ざったような声で、そんな言葉を口にしていた。
まぁ、一般的なA級冒険者が相手にするには荷が重いよな。
「大丈夫ですよ。すぐ終わりますから」
俺はそう告げると、威嚇してくるワイバーンに躊躇うことなく近づいていった。
威嚇しておいて恐れない生物に会ったことがないのか、ワイバーンは近づく俺に対して少し躊躇いを覚えたかのように、一瞬伸ばしていた首を引っ込めた。
しかし、すぐに自分の強さを思い出したのだろう。引っ込めた首の勢いを活かしながら、そのまま近づいてくると、俺の元に突進してきた。
「キシャアアアアア!」
「【影支配】」
俺がそのスキルを使用すると、俺の影が伸びていきワイバーンの大きな影と混じり合った。
本来なら、そのままその影を体に巻き付けるのだが、ここはあえて憲兵団の二人に見せつけるように戦わなければならない。
そう思った俺は、【感情吸収】のスキルを併用しながら、その影を俺の目の前で反り立つようにして伸ばした。
そして、三本の黒い十字架のように影を伸ばして、ワイバーンの突進による一撃をそれで受け止めた。
「ギャアア!!」
突然現れたそれに頭をぶつけたワイバーンは、自身の体重とスピードの乗った一撃の反動を受けて、体をよろめかせていた。
「耐えた?!」
「な、なんですか、あの黒くて禍々しい盾は!」
いや、ただ影を伸ばしただけなんだけどな。
それにしても、案外強度もしっかりしているんだなと自分でも感心していた。
禍々しい盾。どうやら、モルンとノアンにはこのただの影の塊が、魔界から来た何かに見えているのかもしれない。
しっかりと【感情吸収】のスキルが働いているみたいだ。
ということは、ワイバーンと対面するという状況になのか、ワイバーンの一撃を軽く受け止めた俺に対してなのか、少なからず恐怖の感情を抱いているのだろうか?
まぁ、考えたところで仕方がないか。
禍々しい盾か……そう思うとなんか、かっこいいかもしれないな。
体がよろめいて、ちょうど俺の手が届く位置にワイバーンの頭が下りてきたので、俺はそのまま畳みかけることにした。
魔物が相手だし、いつもよりも強くてもいいだろう。
「【精神支配】」
俺が手のひらをワイバーンの頭に向けて、そのスキルを使うと、ワイバーンの目がぐるんと白目に変わった。
「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
そして、断末魔のような叫びを残して、ワイバーンは体の力を一気に失ったように、その場に倒れ込んだ。
……そうだった。【感情吸収】で少なからず【精神支配】の威力も上がってるんだったな。
それを考慮しないで、いつもよりも強い一撃を浴びせてしまった。
なんか少しだけ申し訳なく思ってくるな。でも、これも憲兵団の二人に強さを見せつけるためなので、仕方がないだろう。
果たして、上手く力を見せることができただろうか。
そう思って、倒れて砂ぼこりを上げているワイバーンをそのまま、モルンとノアンの方に振り向いた。
「「ひぃっ!!」」
「……」
視線の先にいたモルンとノアンの表情は、とてもこれから国に招く人に向ける表情をしていなかった。
畏怖の念を抱いてしまっていて、それがもろに表情に現れている。
いや、そんなに怖がらなくてもいいんじゃないかと思ったところで、【感情吸収】のスキルの解除をしていないことに気がついて、俺は急いでそのスキルを解除した。
強さを見せつけることはできたが……やり過ぎたか?
スキルを解除しても、しばらく表情が固まっていた二人を見ると、どうしてもそんなことを思ってしまうのだった。