117 箱船
マナトとステラは村の中央広場にやって来くると、すぐに高台に上った。
「あれ?護衛担当がいないわ」
「休憩中ですかね?」
「仕方ないわね。マナトくん!」
「えっ?」
「思いっきり、鳴らしちゃって!」
「は、はい!」
――カン!カン!カン!
村に再び、鐘の音が鳴り響いた。
「んっ?また鐘鳴らしてるヤツがいるぞ」
「また誤報じゃねえの?」
「確かに」
お昼時、広場には結構な数の人が歩いていた。が、先の誤報による影響のせいか、鐘が鳴っても、あまり気にとめる様子がなかった。
広場にいた男女数人が、高台を見上げた。
「あら?あれは確か……」
「鐘鳴らしてる、彼、最近、村にやって来たコじゃないかしら?」
「おいおい!あんちゃん!その鐘はキャラバンが……」
数人の一人がマナトに言い終わらないうちに、ステラが高台から顔を出した。
「今度はホントよ!間違いないわ!」
「えぇ~?ホントかよ~?」
「ホントだってば!」
ステラと数人の言い合いを、広場にいた子供達が見ていた。
「今度はホントだってさ!」
「いこいこ!」
「うん!」
子供達は皆、走っていった。それを見て、ステラとやり取りしていた男女数人も、しゃーなしといった様子ではあるが砂漠方面へと向かった。
「私たちも行きましょ!」
「はい!」
マナトとステラも途中で鐘を鳴らすのをやめ、早足で高台を降りた。
※ ※ ※
石で舗装された道の先、どこまでも続く砂漠へと続く村の出入り口に、村人達は集まっていた。
しかしやはり、先の誤報のため、集まった人数は先より少ない。
「……なにも見えないぞ?」
「てか、今度は馬どころか、ラクダ一匹いやしねえ」
「おいおい、ステ……」
「ステラお姉ちゃん、ルフが!」
村人達が口々に言うのを、一人の少女が遮った。
少女が指差す遥か空の上、ルフが羽ばたき、砂漠の地平線、少し右側の方面へと飛んでゆく。
すると、途中から、ルフが円を描いて回り始めた。
「うむ。ルフが旋回するあの下に、少なくてもなにかおるのぉ」
「あっ、長老まで」
気がつくと、長老も杖をくるくる回しながら出て来ていた。
「ボンジュール♪」
「……あっ!ホントだ!ルフの下、なにか、見えて来ました!」
ステラが叫んだ。
「……半円の、木箱?」
「いや、船じゃな。まあ、箱船といったところかの」
地平線の先、砂色と空色の境目から、白い帆を張った木造船が姿を現した。吹く風を受けて帆は広がり、こちらへ向かって徐々に迫り来る。
「長老。船って、砂漠でも泳げるんでしたっけ?」
村人の言葉に、長老は首を降る。
「いや、基本的には、水の上に浮かべ、進むものじゃよ。砂漠を泳ぐなんてことは、できん」
「ですよね~」
と、その箱船の、下部の末端まで見えたと思った次の瞬間、その末端の下からは、空が見えた。
「……」
長老含め、そこにいた全員、声を失った。
箱船が、空を進みながら、こちらへ向かってきていた。
そして、皆の眼前まで迫ったとき、皆の浴びていた日の光が、完全に遮られ、視界が、巨大な木の船体で埋め尽くされた。
と、船首から、一人の男が顔を出した。
「ただいま!」
「あ~!ムハドさんだ~!」
皆が唖然とする中、少女がはしゃぎながら男を指差した。