111 村の鐘
ムハドからの伝書鳥が届いてから、1週間が経とうとしていた。
「なあなあ、いつになったら、ムハドさん帰ってくんだよ?」
中央広場の高台、大きな鐘の下で、ラクトが寝転びながら、見張りをしている護衛担当の男に言った。
「いや〜、俺に聞かれてもな〜」
言いながら護衛担当は、大きな据え置きの双眼鏡で周りを見渡している。
鐘の高台からは村の先の砂漠の地平線まで仰ぐことができた。
そして、その高台に設置されている鐘は、キャラバンが帰還したとき、村全体に知らせるために鳴らすことになっていた。
「つーか、お前こそ、なんでこんなとこにいるんだよ、ラクト」
護衛担当が、双眼鏡から目を離さずに言った。
「いやさ、ミトはこの時間、せっせと畑に肥料まいてるし、マナトは最近、朝からどっか行って、いなくてさ」
「お前だって、ラクダの世話があるだろうが」
「いや、今日は、社会見学ってヤツだ!マナトが言ってた。他人の仕事を見たり、体験したりする行事が、前の世界にあったってな」
「はぁ?なんだよそれ」
「つーわけで、その遠くまで見えるヤツ、俺にも見せてくれよ」
「まったく、仕方ねえな」
護衛担当は双眼鏡から目を離し、代わって、ラクトに覗き込ませてくれた。
「おぉ〜、すげ〜よく見える……んっ?」
「どうした?」
「ええと、あれは……マナトの家の近くのおっさん……」
「お前、どこ見てんだよ……」
「分かってるよ。砂漠方面も見るんだろって……おっ?」
「今度は何だよ。ラクダでも見つけたか?」
ラクトは一瞬、双眼鏡から目を離して砂漠方面を見て、再度、覗き込むと、言った。
「……馬だ」
「馬だと?」
「ああ!ムハドさんとこの早馬だと思う!とうとう帰ってきたんだ!」
「ラクト!見せてみろ!」
ラクトに代わって、護衛担当は双眼鏡を覗き込んだ。
砂漠の遥か地平線から、一匹の黒い馬が砂煙を上げながら村へ向かって来ていた。
馬にまたがっているのは男と見られた。マント姿でフードを被っているが、遠目から見ても、力強い肉体をしていることが分かる。
「ラクト!鐘鳴らせ!!」
――カン!カン!カン!
ラクトは鐘を鳴らした。
……ムハド大商隊の帰還の鐘だ……!
そう思うと、このよく聞く鐘の音にも、何か特別なもののような気がしてきて、鳴らす鐘にも力が入った。
「ムハド大商隊の早馬だ!!もうじき戻るぞ〜!!」
護衛担当が高台の下にいる者達に叫んだ。
「なにっ!」
「いよいよ帰ってきたか!待ちくたびれたぞ!」
「早馬ってことは……ジェラードさんか!?リートさんか!?」
「とりあえず、迎えにいくぞ!」
広場にいた者達、また、鐘の音を聞いた者達、十数人ほどが砂漠方面へと向かい、ラクトと護衛担当も後に続いた。
砂漠の手前、石で舗装された道の先まで、皆、出て来た。
黒い艶のある毛並みをした、大きな馬がどんどん迫って来る。
――ヒヒ〜ン!
手綱を引かれた馬は前脚を豪快に上げながら、皆の前で止まった。
そして、馬にまたがった男が、頭に被っていたフードを取った。
「おう、お迎えご苦労」
ケントだった。
「「「いやお前かよ!!」」」
「えなになになに!?うわわっ!!」
皆の一斉の声にケントはビックリして、馬から落ちそうになった。