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4.伯爵家

「ミカエラは上手くやってるのだろうか?」
「うふふ。お父さま、ミカエラに多くを求めるのは酷ですわ」

 金に近い茶色の髪を持つ当主、イアン・ラングヒル伯爵の嘆きに、長女であるイザベラが赤っぽい茶色の目をおかしそうに歪めて答えた。

 春も終わりに近い時期は、夜になっても暖かい。
 ラングヒル伯爵家のラウンジでは、ミカエラへの悪口大会が開かれていた。
 毎日の恒例となっているため、疑問に思う家族は誰一人としていない。

 ラングヒル伯爵家の屋敷は、貴族の邸宅としては一般的なものである。
 特別広くもなく、豪華でもない。
 ごくごく普通の伯爵家では、夕食後、家族みんなで語り合うのが習慣化している。
 もちろん、そこにミカエラの姿はない。

 それでも話題としてはミカエラのことが多くとりあげられ、その内容は不満と蔑みに染まっていたのであった。

「そうよ、お父さま。ミカエラお姉さまは、そこまで賢くはありませんわ」
「確かに。あの子は賢いというタイプではないわね」

 次女ケイトの言葉に、母親であるキャシーは相槌を打った。

「だったら、なんで王太子殿下の婚約者になんてなれたの?」
「それは、クリス。立ち回りが上手だった、ということだよ」
「カイル兄さま。ミカエラは立ち回りも上手には見えないわ。私、ご令嬢方に文句を言われますの」
「それは大変だね、イザベラ」
「私もですわ、カイルお兄さま。ミカエラお姉さまのせいで、高位貴族のお姉さま方からイジメられていますわ」
「ああ、可哀想にケイト」
「私の可愛いケイト。貴女がそんな辛い目に遭っているなんて」
「お兄さま、お母さま。大丈夫ですわ。私は耐えてみせます。ラングヒル伯爵家のために」
「おお、偉いぞ。ケイト。さすが我が娘」
「嬉しいですわ、お父さま」
「それに引き換え、ミカエラときたら」
「本当にそうよね、カイル。あの子ときたら。せっかくお父さまが上手く立ち回って、王太子殿下との婚約を取り付けて下さったというのに。我が家のために働きかけるということを一切しないのよ。おかげでラングヒル伯爵家の暮らし向きは、以前と全く変わらないわ」
「そうですわね、お母さま。お父さまのおかげで王太子の婚約者になれたというのに」
「あぁ、ケイト。お前の言う通りだ。せっかく王宮に上がらせたというのに、我が家のために何ひとつ物事を動かせないとは情けない」
「感謝のひとつも形にすることが出来ないなんて。ミカエラお姉さまは本当にだらしないですわ」
「そういうなよ、ケイト。アレもアレで大変なんだろう」
「クリスお兄さまはお優しいのですね」
「あんなのでも一応、姉だしな。8歳から王宮に行ったっきりだから、殆んど記憶にないけど」
「確かに。8歳から居ないから、兄妹という意識も薄れているな」
「カイルお兄さまもですの? 私もですのよ。姉妹という感じがしないわ」
「イザベラお姉さまの記憶にもカイルお兄さまの記憶にも残れないほど、印象が薄かったのですね。ミカエラお姉さまは」
「ああ。なんというか……無口だったな、アイツは」
「ええ。私と違ってお洒落にも興味がなかったですしね」
「イザベラお姉さま。8歳では、お洒落に興味がなくても仕方ないのでは?」
「あら、クリス。私たちは貴族ですのよ。その年頃なら、お洒落に興味があって当然ですわ。実際、ケイトが8歳の時には、お洒落したくて仕方ない様子でしたよ」
「ええ。私、お洒落大好き」
「8歳の頃のケイトなんてもう……お人形のように可愛かったわ」
「お姉さまったら、いやですわ」
「うふふ。照れちゃって。可愛いんだから」
「もう、お姉さまぁ~」
「本当に我が家の娘たちは可愛いな」
「お父さまぁ~。恥ずかしいですぅ~」
「うふふ。さすが私の産んだ娘たちね」
「お母さままで。からかわないでくださいませ」
「いいのよ、ケイト。本当のことなんだから」
「イザベラもケイトも可愛いのに。ミカエラだけ、なんであんなかなぁ」
「仕方ないわよ、カイル。あの子だけ黒髪黒目なんですもの。不気味でしょ」
「お母さま、その言い方は酷いわ」
「そう? だって、本当のことでしょう?」
「我がラングヒル伯爵家では、たまに黒髪黒目の子が生まれるんだ。あとはだいたい茶色の髪と瞳なんだがな」

 父であるイアンの言葉通り、ラングヒル伯爵家では茶色の髪と瞳で生まれる子供が多かった。
 現ラングヒル伯爵家も、父であるイアンの髪と瞳が金色に近い茶色であり、妻であるキャシーが赤っぽい茶色の髪と瞳を持つせいか、茶色の髪と瞳の子供が多かった。
 カイルとクリスは父に似て金色に近い茶色であり、イザベラとケイトは母に似て赤っぽい茶色だ。

 ミカエラだけが、他所から貰われてきた子供のように黒目黒髪なのである。
 家系的に時折り黒目黒髪の子供が生まれることを知らなければ、キャシーは浮気を疑われたことだろう。
 それを想像すると、キャシーは背筋が冷えた。
 お腹を痛めて産んだ子ではあるけれど、早めに手放せて清々していると言ってもいい。
 たかが髪色目の色ということだろうが、自分と似ていない子には愛情を向けにくい。

 それでも、ラングヒル伯爵家で生まれる黒目黒髪の子には価値がある。
 それだけがキャシーの救いであった。

「血筋では仕方ないよね」
「そうよね。カイルお兄さま。家を継がれるカイルお兄さまの所にも、黒髪黒目の娘が生まれるかもしれませんからね」
「その時は諦めるよ、イザベラ」
「でも。王太子殿下の婚約者になれるなら、それも悪くはないでしょ?」
「そうだね、ケイト」
「そうよね。カイルの娘なら、ミカエラよりも上手くやってくれるでしょうし、ね」
「ふふ。お母さま。期待されてます?」
「ええ。私は今からでも交代して欲しいくらいなのだから。だって、ミカエラが王妃になるなんておかしいでしょ? あの子よりもマシな娘はいくらでもいるはずよ」
「だからといって、ラングヒル伯爵家としては、王太子殿下の婚約者の座を他人に渡すのは……」
「アナタ。だから、カイルの娘を差し出せばいいのよ」
「お母さま。まだ僕は子供どころか結婚もしていませんよ」
「今からでも間に合うのではないかしら? 男性は年下の女性が好きよね?」
「はは。だったら、早くカイルに結婚して貰わないとな」
「お父さままで。僕に結婚は、まだ早いですよ」
「そんなことはないぞ。お前はもう立派な男だ。いつ結婚してもおかしくはない」
「あら、この子ったら照れているのね」
「でも。本当にそうよね。カイルお兄さまの子供が王太子の婚約者になったら、全て解決できる。丸く収まるわ」
「ええ。そうよね、ケイト。ミカエラ以外の我が一族の娘なら、誰でもいいわ」
「ふふふ。姉妹して容赦ないな」
「当たり前でしょう、クリス」
「ホントに迷惑しているのだもの。クリスお兄さま、女の世界も大変なのよ」
「確かに、大変そうだね」
「あんな妹を持って、恥ずかしいな」
「ごめんなさいね、カイル。アナタ達みんなに苦労をかけてしまって。我が娘ながら不出来で困った子」
「こんなに恥ずかしい思いを実家の者たちがしている事を、ミカエラは自覚しているのだろうか? 今度会ったらキッチリ言ってやらねば」
「お父さま。やっぱり、お父さまは頼りになるわ」
「不出来な妹に、ガツンとはっきり言ってやってくださいませ。お父さま」
「そうよね、アナタ。家長がガツンと言ってやるのが一番ですわ」

 楽しげな笑い声がラングヒル伯爵家の邸宅内に響いた。

 ミカエラの身内は毎日のように不満を口にしているし、実際、彼女は伯爵家のために何もしてはいない。
 彼らから見て彼女が遠い存在であるように、ミカエラにとってもまた、ラングヒル伯爵家は遠い他人のような存在であったからである。
 恨みも無いが興味もない。
 彼女から見た彼らは、そんな存在である。
 だから。
 実家の者たちから不満を持たれていて、それを気にするべきなどという考えは、ミカエラには無かった。

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