【二十三】生首のトリック ―― 僕の記憶 ――
「ん……」
「朝倉!」
僕が瞼を開けると、そこには僕を覗き込んでいる山縣の顔があった。
僕はゆっくりと瞬きをしながら、思わず苦笑した。
「さっきの首、どうなったの?」
僕は尋ねた。この島では基本的に事件など起こらないのだから、冷静に考えれば、あれは推理合戦の序幕だったはずだ。腕時計を一瞥すれば、既に食堂に降りてから、三時間は経過していた。僕はその間、ずっと意識を喪失していたのだろうか。そして山縣は、そばにいてくれたのだろうか。きっとそうだろう。そんな気がする。直感的に、そう分かる。
「あれは偽物だ。テーブルクロスの下に潜っていた人間が、皿の穴から首だけを出して、特殊メイクと血糊で死んだふりをしていただけだ。生首なんかじゃない」
必死な声で、切実そうな表情で、山縣が僕を覗き込んみながら答えた。
納得しながら、僕は床下が見えなかった白いテーブルクロスの事や、血の匂いがしなかった事などを想起した。果たして気絶しなかったとして、僕はそれらに気づけたのだろうか。分からないが、今、僕にもわかる事が一つある。山縣が、僕に優しいというその点だ。
――嘗てからは、考えられない。
「そんな事より朝倉、お前、具合は? 大丈夫か?」
過去、山縣は僕を心配したりしなかった。
いいや、優しさの片鱗は随所に見え隠れしていたけれど、このように直接的に、不安そうな表情をしたり、率直に声をかけてくれた事は、無かった。
そう……過去、には。
「山縣……」
「なんだ? すぐにこの館に待機してる医者を――」
「ううん。大丈夫。あのさ、僕……」
一度僕は、緩慢に瞬きをした。
「なんだ?」
するとさらに不安そうに変わった山縣の声が、静かな室内に響いた。
僕は、言わなければと決意する。山縣を、心配させたままではいたくない。
今も、そしてこれからも、いいや、過去の件においても。
それが変わらない、僕の気持ちだ。
「あのね、山縣。僕は、思い出したんだ」
「なにを?」
「――僕と山縣は、今年の春に出会ったんじゃない。もうずっと前に、出会ってた」
僕は、欠落していた二年間の記憶を、現在正確に思い出していた。
理由は、偽物ではあったが生首を目視したからなのだろう。
僕にとって、僕ですらこれまでは自覚が――いいや、記憶がなかったのだけれど、先ほどの食堂での光景は、僕に衝撃を与え、同時に過去を思い出させる引き金となった。ただ、不思議とそこに恐怖はない。代わりに、充足感が満ちていく。悲惨な記憶以上に、今僕は、山縣がここにいる事が、どうしようもなく嬉しい。
僕の言葉に、山縣は目を瞠ってから、じっと僕を見る。
「朝倉、お前……記憶が戻ったのか?」
「うん。そうだった、僕は……」