7 Caseエビータ⑦
キャトルは音も無くエビータが横たわっている寝室に入った。
ベッドの横でマイケルが、泣き疲れて眠っている。
キャトルは手にしていた毛布をマイケルの背中に掛けてやった。
「そんなところでうたた寝してると風邪ひくよ?」
そしてゆっくりとベッドの反対側に回り、エビータの体の上に液体を振りまいた。
腹の部分を重点的に汚したそれは血糊。
発明と計算を得意とする四女ユイットの会心作だ。
「凄いよね~こんな真っ赤な血糊が30分で無色になって乾いて無くなっちゃうんだもん」
無意識で血糊に触れようとしてハッと我に返る。
「あっ! やばいやばい。触っちゃうと大変だった。経皮吸収で幻覚作用って我が妹の考えることは素晴らしいわぁ」
キャトルは時計を確認して、地下倉庫に向かった。
その頃セプトは庭で水やりをしていた。
その特殊な水は全ての花を真っ赤に染める効果がある。
こちらは根に作用するため、染まった色が褪せることがない。
セプトが入念に水やりをしているのは、エビータの寝室から見える庭だ。
「どのくらいで浸透するって言ってたっけ? あっ! モグラ君。その水舐めちゃ赤モグラになっちゃうよ? まあ新陳代謝でいずれは抜けるけど」
そう言いながら巣穴に戻ろうとしているモグラに話しかけた。
モグラは振り向いてセプトの目を見た。
セプトの脳内にモグラの言葉が響く。
『ありがとう。仲間にも伝えておくよ』
「うん、頼むね。毒じゃないから間違って舐めても染まっちゃうだけだからね」
そう言いながらモグラに手を振ったセプトは歩き出した。
「さあ、次はあそこだね」
セプトは小屋に戻り、大きな革袋を抱えて塀を飛び越える。
そこはエビータの遺体が放置されていた場所だ。
セプトは自分に掛からないように注意しながらその一帯に革袋に入っていた液体を振りまいた。
これもユイット作の血糊だ。
こちらの方は薬剤の調合を変えて、半日は色を保つようになっている。
塀も地面も赤く染めたセプトは、周りの気配を伺ってから再び塀を飛び越えて戻った。
それとほぼ同時に屋敷内で野獣のような悲鳴が響き渡った。
「うわぁぁぁぁぁ!」
その声の主はマイケル。
エビータの部屋を一度だけ見上げたセプトは、何もなかったかのように小屋に戻った。
小屋の中にはもう誰もいない。テーブルに水が零れた痕がある。
セプトは足元の砂をその水痕に振りかけた。
そして息を大きく吸ってその砂を吹き飛ばす。
テーブルに残ったのは、水で書かれていた文字に形に固まった砂だ。
「明日か……了解」
残されていた伝言を手で拭きとって消した。
さも、今起きたかのようにベッドに腰かけて枕元の水を飲む。
「さあ、パーティーの始まりだ」
小屋を出たセプトは数回発声練習をしてから、大声を張り上げた。
「うわぁぁぁ! 花が! 花が!」
バタバタと走り、屋敷の中でも叫んだ。
右往左往している使用人が足を止めた。
「なんだよ! 忙しいんだ!」
「花が! 花が真っ赤になってるんです!」
「なんだと?」
その使用人はセプトの言葉に一瞬だけ怯み、口を開いた。
「何のことかさっぱりわからん! 衛兵を呼べよ。こっちはそれどころじゃないんだ」
「わ……わかりました」
セプトは衛兵の詰め所に駆け込んだ。
庭で衛兵の走る音と声がし始めた頃、エビータのベッドの周りには家令とメイド長、そして必至でエビータを染める血を素手で拭いているマイケルがいた。
家令はすぐに命じて主治医を呼びに行かせたが、到着するまでに1時間は掛かるだろう。
爪を嚙んで苦悶の表情を浮かべる家令にメイド長が話しかけた。
「ご主人様を止めてください」
「無駄だよ。医者に任せよう」
「でも……」
「いいから! 君は風呂の支度を。それと誰か一人ここに寄こしてくれ」
メイド長は黙って頷き部屋を出た。