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1 Caseエビータ①

 早朝の教会に流れる静謐な空気は、やり場のない怒りを浄化してくれる。
 そう思ったエビータは、静かに微笑んだ。
 きっと今頃は大騒ぎになっていることだろう。
 自室を荒し、まるで攫われたかのような形跡を残して去ったのだ。
 自分を宝物のように大切にしているマイケルのことだ。
 領地中を巻き込んで騒ぎ立てているに違いない。
 そんなことを考えながらエビータはステンドグラスを見上げていた。

「この世で見る景色は何もかもが美しいわ」

 誰にともなく呟いたエビータは、神像の前に跪き、深く頭を垂れた。
 コトリと音がしてエビータが見詰める床が陰る。

「神の鉄槌は真の悪にのみ振り下ろされる」

 弁護士から教わった合言葉を口にして、エビータは静かに待った。

「神こそ正義なり。お話を伺いましょう」

 本当に神の声ではないかと思えるほど優しい低音が頭上に降ってくる。

「お時間をいただき心から感謝申し上げます」

 エビータは顔を上げずそのまま話し始めた。

 自分が治めているロレンソ子爵領はZ国との国境に位置することや、幼い頃に婚約し結婚した夫が、いかに自分を愛しているかなど、嚙みしめるように語るエビータ。
 エビータの前に立つオーエンは一切口を挟まず根気よく聞いていた。

「両親が亡くなって以降、村人の子供が行方不明になるということがありました。私は自警団に捜索を依頼するとともに、私も独自に調査をいたしました」

 山狩りはもちろん、川底まで攫うほどの捜索にも関わらず、いなくなった子供は発見されないまま一週間も過ぎた頃、その子供の遺体が発見された。
 発見者は老齢の農夫で、まだ暗いうちに畑に行こうと街道に出たら転がっていたという。
 その遺体の腹はぽっかりと空洞になっており、手足は獣に食いちぎられていた。

 その知らせに夫と共に向かったエビータは、無残な我が子の体を抱き寄せて泣き叫ぶ親に心を痛め、自分の両親の死を思い出した。
 あまりの悲惨さに天を仰いだその時、エビータは見てしまった。
 頬をひくひくと痙攣させ、目を細めている夫の顔。
 紛れもなく笑いを堪えている顔だ。

「マイケル?」

 エビータは震える声で夫を呼んだ。
 自分の見間違いであってほしいと願いながら。

「どうした? ああ、エビータ。顔色が悪いよ? すぐに屋敷に戻ろう。後のことは僕がやっておくから安心しなさい」

 そう言うとマイケルは、さっさとエビータを抱きかかえて馬車に乗り込んだ。
 エビータを座席に寝かせた夫は、名残惜しそうに子供の遺体を見ていた。
 眠った振りをしながらその様子を伺っていたエビータは心の中で悲鳴を上げた。
 
 悍ましい事件から二年、またひとりの子供が姿を消した。
 そして一週間後、一人目の子供と同じ状態で発見された。
 そしてまた一年後、三人目の子供が消え、一週間後に同じ状態で発見された。
 事件が起こるたびに消えない雪のように、心の中に降り積もる不信感。
 犯人はマイケル?

 我が夫を疑う罪悪感より、我が子を亡くした親の苦しみを優先しようと決心したエビータは、旧友を頼りひとりの男を雇った。
 その男は消滅した国の影として暗躍していた過去を持ち、金を積めばどんな仕事でもやるという。
 証拠はすぐに集まった。
 やはり主犯はマイケル。
 マイケル達は子供の臓器を製薬の材料として取引していたのだ。
 
「これは……本当なの?」

「ああ、間違いないよ。この目で確かめた。強いアルコールに浸けて保存してあったよ。殺した日と被害者の名前がその保存瓶に貼ってあった」

 そう言うと、男はメモしてきたそのラベルの内容を見せた。
 死亡日と名前は全て合致している。
 絶望しながらメモを読み進めるエビータの指がぴくっと動いた。
 そのメモの中に自分の両親の名前を発見したからだ。
 エビータは必死で吐き気をこらえた。

「アトランダムに見えるがそうでもない。規則性があるんだ。それで言うと来週辺りだろう。防ぐのも可能だがどうする?もちろんそうなると別料金だぜ?」

 男の言葉に小さく頷いたエビータは、引き出しから革袋を出して男の前に置いた。

「もう現金が無いの。この宝石で手を打ってちょうだい。必ず未然に防いで」

 男は黙って頷き、姿を消した。
 そしてあの日、早朝帰宅するマイケルの姿を寝室の窓から見たエビータ。
 この時間に帰るということは誘拐に失敗したということだ。

「悪魔め!」

 その日のうちにエビータは予てより計画していたことを実行に移し、今に至る。

「夫を葬るだけなら、その男に頼むことだ」

 オーエンが感情を乗せない声で告げる。

「いいえ、あの子たちの苦しみと痛み、そしてその親の悲しみと怒りを味わせたいのです。そのためにはこの方法しか思いつきません」

「……」

「私の余命はあとひと月。もうすぐ死ぬのです。マイケルはバカみたいに私を愛しています。私が死ねばきっと狂ったように泣き叫ぶでしょう。それが親たちの悲しみであり怒り。その上で、あの可哀想な子供たちのように理不尽に屠られる恐怖を体感すべきです」

「迷いはないのか?」

「ええ、むしろ清々しい気持ちです。私の両親も殺されたのです。その仇をうつためなら・・・・・・私に協力してくれる医師もいますのでお手間はとらせません。ただし私の命が尽きた日に決行するという条件がありますが」

「殺された子供とその親の仇、そしてあなたの両親の仇をうつということだな」

「その通りです。報酬は我が領地と爵位を用意いたしました。全ての手続きはすでに完了し、弁護士に委託しております。我が家の使用人の処遇も全て記してございますので。どうぞこの願いを叶えてくださいませ」

「神の御手に抱かれて、心安らかに過ごしなさい」

「ありがたきお言葉。心から感謝いたします」

 オーエンは静かに出て行った。
 エビータはまだ跪いている。

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