10 Caseトマス⑩
いつもとは違う侍従が起こしに来たことを少しも疑問に思わず、第三王子はのろのろとベッドから降りた。
縛られたまま転がっていた女に一瞥もくれず、浴室へと消えて行く。
サシュが縄を解いてやり追い出した後、昨夜自分で仕込んだ幻覚剤と媚薬入りのキャンドルとワインを、これ見よがしにテーブルに並べた。
メイド姿のキャトルとユイットが手際よく第三王子の衣裳を準備する。
朝食のワゴンを押してきたシスが、小さな瓶を出して丹念に料理に振りかけた。
ドアの外にはオーエンとゼロが第三王子付き護衛騎士の制服を着て立っていた。
6人は一言も会話することなく、テキパキと仕事を進めた。
第三王子がバスローブ姿で浴室から戻ると、サシュがすかさず食事を促す。
まだクスリが効いているのか、よろよろとしながらテーブルについた王子は、まるでマナーなど知らない子供のように貪り喰らった。
「最近良く腹が減るんだ」
「お元気な証拠ですよ。それに今日は……」
「皆まで言うな! ふははははははは。連絡はとれているんだろうな?」
「ええ、勿論です」
ますます機嫌がよくなった第三王子は、全ての料理を腹に収めた。
鏡台の前で控えていたキャトルとユイットが煌びやかな衣裳を纏わせていく。
「下着は?」
いきなりズボンを渡された第三王子がサシュに聞いた。
サシュが下品な笑いを浮かべながら第三王子の横に立つ。
「時間が勿体ないでしょう?それならベルトを外すだけですからね」
「お前……なかなか気が利くな」
「お褒め戴き感謝いたします。さあさあ! お楽しみはこれからですよ?」
第三王子は納得したように、それ以降は口を挟まずメイド達の為すがままになった。
髪を撫でつけ、上着の下に鞭を仕込んだ第三王子の目は、すでに充血している。
シスが紅茶を淹れ、第三王子の前に運ぶ。
「それでは失礼します」
下がっていくメイド達に片手で応えながら、第三王子は興奮剤入りの紅茶を手ずから注いで飲み干した。
ゼロが入室し、皇太子夫妻の到着を知らせる。
サシュを従え、オーエンとゼロに前後を守られながら第三王子は悠々と歩いた。
歓迎の挨拶が済み、皇太子妃と目が合った第三王子は拳を握りしめて衝動を逃がす。
妊娠のせいでコルセットをせずゆったりとしたドレスを着た皇太子妃は美しかった。
(何度か見かけたといってもはっきりと顔が見えたわけでは無いしな。そうか……こんな可憐な女だったのか。この女が縛ってくれ叩いてくれと俺に懇願する姿……拙い! イキそうだ)
その場の会話など耳に入らず、顔を赤らめて俯く第三王子の姿は、相手国に純情な青年という印象を与えた。
議題は山積みということで、早速会議室に向かう一行を見送り、第三王子は皇太子妃の前に進み出た。
「ご無沙汰しております。相変わらず匂い立つようにお美しい」
「まあ!お上手ですこと。以前お会いしたのは……ずいぶん前でございますわね?」
「ええ、一日千秋の思いでしたよ」
皇太子妃は不思議そうな顔をしたが何も言わず、オーエンとゼロに先導され茶会の席に移動した。
目が血走り鼻息が荒い第三王子のエスコートを受けながら、皇太子妃は少なからず恐怖を覚えていた。
煌びやかな菓子と香り高い紅茶が運ばれ、皇太子妃の後ろには1人の侍女が立った。
第三王子の後ろには侍女姿のアンが立ち、目を伏せて控えている。
「美しいお庭ですこと」
「あなたの前では霞んでしまう」
「……ほほほ。まあ! 見事なバラですわ」
「ええ、滴る血のような色でしょう? あのバラの前に鞭で打たれて血を流すあなたを想像するだけで夜も眠れませんでした」
「ひっ! な……なんと? なんと仰いまして?」
「ですから」
そう言って立ち上がろうとする第三王子の肩を押さえ、アンが耳打ちをする。
「まだです。待てです! 待てっ! お茶を勧めてください。少しだけ媚薬を入れていますので盛り上がりますよ(あんたのだけ)」
「そ……そうか。気が逸ってしまった。これは失礼しました。これは東方の国から取り寄せましたお茶です。母が申しますには、こちらのケーキと相性が良いとか。それにしても今日はゆったりとしたドレスなのですね。お腹のお子はお元気ですか?」
「お腹のお子?このドレスは旅装でして……失礼だったでしょうか」
「いえいえ、その方が好都合だ」
不思議そうな顔をする皇太子妃の後ろに控えていた侍女に、アンが目配せすると、小さく頷いて皇太子妃の前に取り分けた。
戸惑いながらも、菓子の美しさに嬉しそうな笑顔を見せる皇太子妃を見ながら、第三王子は背中に隠している鞭を衣裳の上から触った。
(メリッサ……メリッサ……メリッサ……)
宮殿の二階の窓からキャトルが顔を覗かせると、オーエンとゼロが動いた。
皇太子妃付きの護衛を一瞬で眠らせ、バラ園の後ろに運ぶ。
それと同時にアンが皇太子妃の侍女の背後に回り、猿轡を施してから抑えつけた。
一瞬の出来事に理解が追いついていない皇太子妃の手を第三王子が掴み、椅子から引き摺り倒す。
「こうして欲しかったのだろう? どうやって我慢したんだ? 自分で慰めたのか? メリッサ……ああメリッサ。どこから責めてやろうか? ん? あまり腹が膨れていないように見えるが。臨月なのだろう?」
皇太子妃は恐怖で震えながら、涙をためて第三王子の手から逃れようとした。
「おいおい、今日はそういう趣向かい? 襲われて嬲られたい気分なんだね? いいよ。君の希望を叶えよう。そういうのも大好きだ」
そう言うと第三王子は一度手を離し、メリッサが逃げるのを待った。
メリッサは恐怖で腰が抜けていた。
「どうした? 逃げないのかい? ああ、バラか。あのバラの前で体を真っ赤に染めたいんだね?」
そう言うと第三王子は手を伸ばしてメリッサのドレスを引き裂いた。
ベルトを寛げ、すでに先端をテラテラと濡らしたモノを引き摺り出す。
上着を脱ぎ捨てると、隠し持っていた鞭をヒュンと鳴らした。
その瞬間、宮殿の二階から鋭い悲鳴が上がる。
それを合図にアンが皇太子妃侍女を解放した。
侍女は恐怖に震えながらも第三王子に体当たりをかまし、一緒に倒れ込んだ。
第三王子は予想外の抵抗に激高し、侍女の体を数度鞭打った。