9 Caseトマス⑨
会場へ続く全ての扉がドウとシスによって閉じられていく。
開かれた最後の扉からドウがサシュとサンクに合図を送った。
その瞬間、会場の照明が一斉に消え、観客たちは静まり返った。
サシュが声を張る。
「ちょっとしたアクシデントです。大丈夫ですからそのままお楽しみください。危険ですからその場から動かないでくださいね~」
その口調の軽さから、客たちは緊張を解いた。
暗闇を良いことに、手当たり次第に相手を求める客たち。
始まったことを確認したサシュとサンクが動いた。
「殿下、今日は終わりです。戻りましょう」
「ちっ! これからというときに!」
「またチャンスを作りますよ。さあ早く」
サシュが第三王子の肩を抱えるようにして、連れ去った。
サンクは血まみれの女の髪をつかみ立たせた。
「あんたはこっちだ。まだまだお楽しみは続くよ~」
そのまま引き摺って会場を出る。
ゼロが馭者台に座る馬車の幌を開けると、アニタとクラブオーナーだった男、そしてシアの父親だった男が鉄格子の箱にそれぞれ入っていた。
全員が全裸のまま首をに繋がれている。
1つだけ空いていた鉄格子の箱に腹の出たトマスの母親を入れて幌を下ろすと、ドウが走って戻ってきた。
「カウントダウンは50だよ~」
「早くね?」
ゼロは文句を言いながらも馬の手綱を引き絞った。
一方、第三王子を乗せた馬車を操るサシュは、馬に軽く鞭を当てて速度を上げた。
(ドウの性格を考えると急いだほうがいい)
後部座席で第三王子が何か言っているが、聞こえないふりをして更に速度を上げた。
もうすぐ王城というところまで来た時、遠くでドンという音がした。
馭者台でニヤッと笑ったサシュは速度を緩め、王城の裏口からゆっくりと入って行った。
街はずれの古い館が倒壊し、多数の犠牲者を出したというニュースはすぐに広まった。
あれほど大きな事故だったにもかかわらず、火災は発生しなかったものの、中にいた人間に生存者はいない。
被害者たちは一か所に集まった状態で発見されたが、全員が半裸もしくは全裸で折り重なるように死亡していたことから、そのパーティーの趣旨は推して知るべし。
犠牲者の家族たちは噂をもみ消すのに必死だったが、消せるようなものではなかった。
それからひと月、間一髪で難を逃れたと信じ込んでいる第三王子。
あの日から、何度か偶然遭遇する妊婦が自分を見て微笑みながら会釈してくる。
豪華なドレスを着て大きくなった腹を抱えているといえば、メリッサしかいないと思い当たり、なんとか先日の続きをしたいと画策していた。
しかし、あちらも隣国とはいえ皇太子妃である。
常に護衛騎士に囲まれ、近づくこともできない。
従者に何とかしろと言っても、お忍びでの入国のため無理だと言う。
執務机に頬杖をつき、メリッサをどう虐めるかばかりを考えている毎日。
第三王子の欲望は爆発寸前だった。
そんなある日の午後、父王に呼び出された第三王子に朗報がもたらされた。
「第一王子が落馬で骨折したため、D国皇太子夫妻の歓迎パーティーに出席できない。そこでお前には、私と第二皇子が皇太子と会議をしている間、皇太子妃をエスコートして庭を案内する役目を申しつける。東屋でお茶でも飲んでご機嫌をとってくれ」
父王の言葉は第三王子の脳内で都合よく変換された。
しかも従者が耳元で囁く。
「メリッサ妃は何度もあなたを誘っていたのに、声を掛けてくれないと拗ねているそうですよ?やっとチャンス到来ですね」
「誘っていただと?」
「ええ、殿下の行動を調べて偶然を装って出会うようにしていたのに、声もかけてくれなかったとか」
「そうか、そう言うことだったのか。それは申し訳ないことをした。はははははは」
父は会議という名目で自分のために楽しむ時間を作ってくれたのだ……そう思った第三王子は、机の引き出しに仕舞ってある鞭を取り出し握りしめた。
従者が寝る前に出すハーブティーを飲むようになって、このところの体調は万全だ。
第三王子は怒張する下半身を服の上から撫でながら、独り言をつぶやいた。
「メリッサ、待っていてくれよ? 十分に満足させてやるからな。今度は腹を虐めてやろう。この前より更に大きくなっているはずだ」
そして遂にD国皇太子夫妻の訪問日を迎えた。